デニム中毒者のたわごと

『文藝月光』&poetry

夢 あるひは・・・

 
山田太一さんの「ファンタジー三部作」の話をして、ふと思い出したことがあります。

『飛ぶ夢をしばらく見ない』のエピグラフに、3行の詩を用いていたということを、です。
こんなエピグラフでした。

 “とぶゆめ”をしばらくみない
  といふはなしをしたら その夜
  ひさしぶりに“とぶゆめ”をみた

     吉原幸子「ゆめ」より


+++++

今回は、詩人・吉原幸子さんの話です。
吉原さんご自身が詩を朗読し、解説した動画があります。



詩集『夢 あるいは・・・』所収の「日没」です。1985年の録音ということですから、吉原さんが52歳のときの声ですね。

同じ詩集の中から、今度は別の詩を紹介します。
 
     【誕生日】

タバコの煙がたなびいて
その底に ウィスキーが沈んでいる
わたしの内臓が わたしの中で
今も 確実に爛れてゆく
音もなく

わたしたちは はじめの瞬間(とき)から
死を身ごもつている
きのふの誕生日で
そろそろ 妊娠七ヶ月ほどになつたか

いのちをいとほしむといふことは
孕んだものに目をそむけないこと
おなかの上からさすること
決して 産むまいとじたばたすることではない

もしも わたしが死なないのなら
日々は 耐へられない浪費であらう

もしも あなたが死なないのなら
あなたは そんなに光りはしないだらう!


+++++

   【あのひと】 より

 あのひとは 生きてゐました
 あのひとは そこにゐました
 ついきのうふ ついきのふまで
 そこにゐて 笑ってゐました
 
 あのひとは 生きてゐました
 さばのみそ煮 かぼちゃの煮つけ
 おいしいね おいしいねと言って
 そこにゐて 食べてゐました
 
 あたしのゑくぼを 見るたび
 かはいいね かはいいねと言って
 あったかいてのひら さしだし
 ぎゅっとにぎって ゐました
 
 あのひとの 見た夕焼け
 あのひとの きいた海鳴り
 あのひとの 恋の思い出
 あのひとは 生きてゐました
 あのひとは 生きてゐました   


+++++

    【喪失ではなく】

 大きくなって
 小さかったことのいみを知ったとき
 わたしは”えうねん”を
 ふたたび もった
 こんどこそ ほんたうに
 はじめて もった
 誰でも いちど 小さいのだった
 わたしも いちど 小さいのだった
 電車の窓から きょろきょろ見たのだ
 けしきは 新しかったのだ いちど
 
 それがどんなに まばゆいことだったか
 大きくなったからこそ わたしにわかる
 
 だいじがることさえ 要らなかった
 子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
 そのなかにゐて 知らなかった
 雪をにぎって とけないものと思いこんでゐた
 いちどのかなしさを
 いま こんなにも だいじにおもうとき
 わたしは”えうねん”を はじめて生きる
 
 もういちど 電車の窓わくにしがみついて
 青いけしきのみづみづしさに 胸いっぱいになって
 わたしは ほんたうの
 少しかなしい 子供になれた 


”えうねん”は「幼年」のことですね。

吉原さんの詩は、どうしようもない喪失感に満ちています。「それが」こちらサイドの「おなじようなもの」に触れてくるのでしょう(「喪失感」というと村上春樹さんの専売特許みたいですけどね)。

しかし・・・吉原さんの「そういう詩」にインスパイアされて(かどうか、本当のところは分かりませんが)、ああいうもの凄い物語を紡ぎ出された山田太一さんは、さすがです。





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~ Comment ~

声 

「吉原幸子さん」の朗読する「声」に
なんとも言えず沁みてくるものがあります。

うーん。。。
ちょっと言葉にならないですねぇ。。。

声 

エリさん、こんにちは^^

>「吉原幸子さん」の朗読する「声」に
なんとも言えず沁みてくるものがあります。

そうですね。朗読だと、また一段とトーンが低くなっていますよね。

>うーん。。。
ちょっと言葉にならないですねぇ。。。

彼女の生涯を調べてみてください。たぶん何か気付かれることがあると思います。
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