デニム中毒者のたわごと

Literature

大いなるデジャヴュ その80

 
村上春樹さんの『騎士団長殺し』(及び『みみずくは黄昏に飛びたつ』 )の続きです。

――さて、このインタビューもそろそろ終わりに近づいてきたのですが、最初のインタビューで、村上作品における「悪」――もちろん悪そのものというのは存在しないとも言えるのですが、「悪みたいなもののあり方」と、その変遷についてお話を伺いました。最後に少しまた、「悪」について、お話を聞かせてほしいんです。
たとえば「悪」めいた何かを書いているとき、自分が今ここで書いている「悪」は、どれぐらい「悪い」のか、ということについて考えることはありますか? あるいは、これはまだ描かれていない悪のかたちである、というような認識といいますか。
これまで歴代の世界中の多くの作家が「悪」について書いてきました。文学における「悪」は、つねに最高の形態を目指す原則のようなものがあると個人的に思うところがあります。つまり、「悪」が書かれるとき、「悪」は最も悪い「悪」を目指すようになっている。それが「善」にはない、「悪」の魅力です。興味深いことに、「善」にはその志向性はないけれど、どうやら美しさにはある、というのがわたしの考えなんですけれどもーーそれはさておき、誰も見たことのない、存在したことのない一番悪い「悪」――それを見てみたい、書いてみたいと思わせるのは、わたしたちの隠された欲望や暴力性といったものとたぶん深いところで結び付いているのだと思います。そこで、村上さんはご自身が「悪」みたいなものを書けているなと手ごたえを感じたときに、それがどれぐらい悪いのか、というようなことを意識されますか。これまで文学が、あるいはご自身が書いてきた「悪」を更新しているかどうか、というような点において。


村上 僕は純粋な意味での「悪」ってまだ書いたことがないから、また書こうとしたこともたぶんないから、それがどういうものか、あまり真剣に考えたことってないです。でも今のところ、僕がいちばん「悪」であると見なすのは、やはりシステムですね。

――村上さんの考える「悪」のイメージは、システム。

村上 もっとはっきり言えば、国家とか社会とか制度とか、そういうソリッドなシステムが避けがたく醸成し、抽出していく「悪」。もちろんすべてのシステムが「悪」だとか、システムの抽出するものがすべて「悪」だとか、そんなことを言っているわけじゃないですよ。そこには善なるものももちろんたくさんあります。しかしすべてのものに影があるように、どのような国家にも社会にも「悪」がつきまといます。それは教育システムにも潜んでいるし、宗教システムの中にも潜んでいます。そういう「悪」は実際に多くの人を傷つけているし、死に至らしめることもあります。僕はすごく個人主義的な人間なので、そういうシステムの「悪」みたいなものに対して、センシティブな部分は強くあると思います。そういうもののありようをもっと描いていきたいと思うけど、そういうものを書くと、どうしても政治的なメッセージになってしまいがちで、それだけはできれば避けたいですね。それは僕の望んでいる発信ではないから。

とはいえ、現実的にこれだけ期待される作家としてある以上、どうしてもそういう類のものを求められてはいますよね? 好むと好まざるとにかかわらず。

――例えばさきほど、賞の話も出てきましたが、村上さんって、毎年ノーベル賞のことで騒がれますよね。みんなどんどん過熱してきて、本当に毎年、煩わしいこととお察しします。そういう議論というか話の流れで、日本人の作家も、もっとポリティカルなことを全面的に描くべきだみたいな意見もあったりするんですよね。

そうそう。

村上 へえ、そうなの?

そうですよ。

――ええ、村上さんに関して言うと、「もし村上春樹がノーベル賞を欲しいと思うのなら、ポリティカルなことを明確に書く必要がある」というような意見があるんですよ。基本的な賞の性格がそうなんだからと。それからノーベル賞は別としても、さっきも言いましたように、作家というものは、ポリティカルじゃないにしても、実際の事件とか、社会的な出来事を題材に小説を書くべきだ、みたいな見方もある。想像力とか言ってるけど、結局安全なところで自分の実感ばっかり書いてるだけで、そんなぬるいことやってんじゃないよというような。もちろん村上さんは大きな影響力を持っていらっしゃるんですが、いわゆるポリティカルなものとは線を引かれますよね。政治的なメッセージになってはならないと。

村上 でもぼくの書いてるものは、けっこうポリティカルだと僕自身は思ってるんですけどね。

さて……本当のところはどうなんでしょうね?
だとしたら、やはりもっともっと発言すべきだと僕なんかは思いますけど……。

つづきます。



   

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