デニム中毒者のたわごと

novel

レイモンド・カーヴァーに学ぶ  その64

 
今回は前回山西さんの「註」にあった越川芳明さん訳の「パリス・レヴュー・インタヴュー」((『ユリイカ』)『変貌するアメリカ文学』一九八七年十月号)「家のなかの物語」を紹介します。

レイモンド・カーヴァーは、ニューヨーク州シラキュースの閑静な通りにある、大きな二階建ての木造の家に住んでいる。前庭の芝生は、ゆっくり傾斜しながら歩道につながっている。ドライヴウェイに駐めてあるのは、新車のメルセデス、それより古い自家用車のV・Wは、通りに駐めてある。
家の入口は、大きな、納戸付きの玄関だ。なかに入ると、調度品にはほとんど特徴がない。すべてが――クリーム色のソファにしろ、ガラスのコーヒーテーブルにしろ――部屋に調和している。レイモンド・カーヴァーと一緒に暮らしている作家テス・ギャラガーが鳥の羽根を集めて、花瓶に入れ、家中に飾っている――それが最も目立つ飾り付けである。わたしの予想は当たった。カーヴァーは、家具はみな、一日で買い求め、配達してもらったと話してくれたからだ。
取りはずし自在の木片に「訪問者お断り」とペンキで書き、その文字のまわりを黄色やオレンジ色の付けまつげで囲んだのは、ギャラガーであるが、いまそれが入口の網戸に掲げられている。時折、電話の回線をはずすことがあり、この掲示板が何日もはずされないことがある。
二階の大きな部屋がカーヴァーの仕事部屋だ。オーク材の机の上は、こぎれいにしてある。タイプライターは、脇の、L字形の机の突き出し部に置かれている。カーヴァーの机の上には、小間物とかお守りとか玩具とかはいっさい置いてない。かれは収集家でないし、思い出やノスタルジアに耽けるタイプの人間でもない。たまにマニラ・フォルダーがオーク材の机の上に置いてあったりするが、そのなかには、推敲中の作品が入っているのだ。ファイルはきちんと整理されている。即座に、ある作品と、そのゲラのすべてが引き出せるようになっている。書斎の壁は、家のほかの部分と同じく白く塗られていて、家のほかの部分と同じく、ほとんど飾り気がない。カーヴァーの机の真上の、かなり高いところに長方形の窓があり、そこから光が斜めに洩れてくる。
カーヴァーは大柄な男で、質素な服を着ている――ネルのシャツに、カーキーズボンかジーンズといった出立ちで。かれの生活や服装は、作品に登場する人びとの生活や服装に似ているように思える。大柄なわりには、声は驚くほど低く、聴きにくい。わたしは、かれの言葉を聴き逃すまいとして、ことあるごとに前かがみに体を近づけて、かれを苛立たせるかのように「えっ、えっ?」と尋ねたものだった。
昨年、ここシラキュースの邸宅を訪ねたときには、「訪問者お断り」の掲示板は掛かっていなかったし、このインタヴューの最中にも、カーヴァーの上の息子さんも含めて、ここの大学生が数人、立ち寄ったものだった。昼食に、カーヴァーはワシントン州の沖合で釣った鮭を使って、サンドイッチを作ってくれた。カーヴァーとギャラガーは、二人ともワシントン州の出身で、このインタヴューが行われていたときに、ポート・エンジェルスに家を建設中であり、一年のうち何ヵ月かはそこで暮らすことになるはずだった。
今年(一九八三年)はその家も完成したが、電話はない。このインタヴュー後に、カーヴァーは芸術院から「シュトラウス・リヴィング・アウォード」を授与され、シラキュース大学での教職を辞した。生まれて初めて、カーヴァーは紛れもない作家となったわけである。
かつてかれはこういったことがある。自分が小説家でなく、短編作家になったのは、若いころ地道に打ち込むだけの時間がなかったからだ、と。いまカーヴァーは、小説の執筆を開始している。


つづきます。



   

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