デニム中毒者のたわごと

Diary

レイモンド・カーヴァーに学ぶ  その62

 
山西治男さんの「レイモンド・カーヴァー図書館」の続きです。

B 詩集
カーヴァーの詩集は『クラマス川のほとり』(一九六八年)を初めとして、『眠れぬ冬』(一九七〇年)、『夜になると鮭は……』(一九七六年)と出版されてきた。しかし、八〇年代に入るとそのほとんどが絶版の状態となり、カーヴァーは一九六六年から一九八二年までに書いた詩を選び、新たに配列し直して、『焔』(一九八三年)の中に収めた。カーヴァーは『焔』のあとがきで、「『主題』(theme)という言葉は好きではない」ので「内容もしくはオブセッション」によって分類し配列し直した、と述べている。その分類に従えば、ひとつは「アルコール」に関する作品であり、文字通り「アルコール」というタイトルの詩がある他、「運転しながら飲む」や「乾杯」などがある。また、「外国旅行や歴史上の人物」を扱った詩では、「ヤッファのモスク」や「バルザック」がある。カーヴァーが最後に挙げた分類項目は「家庭内、身内のこと」である。エッセイなどを通してカーヴァーの歩んできた人生を知る者には、飲酒、アル中とともに経済的苦難が扱われた、例えば「破産」や「投げ売り」などという詩からカーヴァー自身の姿を垣間見ることができるだろう。また、自伝そのものを題材にしている「二十二歳の父の肖像」では父の面影が哀惜をもって語られている(この詩は一九八九年に出版された『焔』に収められたエッセイ「二十二歳の父の肖像」にも引用されている)。その他、カーヴァーは挙げなかったが、「自然や釣り、ハンティング」という内容による分類も可能であろう。その例として「クラマス川のほとり」や「流れ」があるが、それは単なる「自然」を謳った詩ではなく、自然描写にカーヴァーの作品に登場する人物特有のオブセッションや姿勢が反映されている作品である。
カーヴァーはインタヴューで、作品と言うものは「自伝ちょっとに、想像力たくさん、これかベストだと思う」と語っているが、詩に関するかぎりかなり自伝的要素が強いように思われる。その上、逆説的だがカーヴァーの散文ではなく詩の方が情緒的な「内容」となっているようにも思われる。その意味で、カーヴァーの素顔を知るためには、もしくはカーヴァーの胸の内を知るためには詩を読んだ方がよいと言えるだろう。なかでも、『水の出会うところ』(一九八五年)では特に自伝的な詩が多く、例えば先妻のマリアンのことが「インタヴュー」という詩で次のように語られる。「一日じゅう自分のことをしゃべっていたら、/前に悩んだことや、もう済んだ昔のことがよみがえってきた。/マリアン、今はアンと名乗っているのか、/彼女に対するあの頃のぼくの気持ち。……あの思い出が、スパイクのような鋭さで割り込んでくる」。カーヴァーの詩の特徴と言えるが、このように想念に浮かぶ過去や惜年の思いが突如現れ、それによって読み手は意表をつかれて、その世界に引き込まれてしまうような情緒性をもっている。
また、『水の出会うところ』には、カーヴァーの死を予感した思いが随所に見られる。「ぼくが死んだら」や「テスに」はカーヴァーの遺言のような気さえして、決して悲観的ではないが詩集全体が重厚なものとなっている。それに対して、一九八六年に出版された『群青(ウルトラマリン)』は「寛大」な詩集だという評価が一般的である。面白いことに、死ということに関していえば、『水の出会うところ』と『ぼくが電話をかけている場所』に収められた晩年の短編、「寛大」な基調ということに関していえば、『群青』と『カセドラル』を併せて読むとき、カーヴァーの世界がよりいっそう深みを増すように思われる。
というのも、死と短編の間にあまりにも似た設定、「内容もしくはオブセッション」が存在するからである。カーヴァーは、詩も短編と同じように「一行そして次の一行という具合に」して創作してゆくと語っている。何度でも根気よく書き直すカーヴァーが、詩で大枠のイメージを構成し、その行間に言葉を書き込み肉付けすることによって短編を書いているのではないかと想像してみたくなるほど、カーヴァーの詩と単片は多くの対応関係が見られる。例えば、先に触れた「ぼくが死んだら」と『ぼくが電話をかけている場所』の「誰かは知らないが、このベッドで寝ていた人が」を挙げることができるだろう。「ぼくが死んだら」の方は、たとえ死んでも、「どうか、ぼくの死をあまり嘆かないで。/ぼくの一生は、幸せだったんだから」と諦念にも似た明るさがあるとはいえ、「ぼく」がいる状況は「病院のベッドにがんじがらめに縛りつけられ/ているだろう。鼻に何本も管を入れられて……」いる悲観的な状態である。この状態は「誰かは……」の夫婦で問題にしていた、生命維持装置だけで生きているような絶望的な病に陥ったときの状態である。まるで、カーヴァーが自らの死期を感じ取り、病に伏した己の姿を想像しながら、この二つの作品を書いた感がある。また、『群青』の「郵便」は、息子や娘、母親からの金の無心を受ける父親の詩であるが、この父親像は「象」の母親や別れた妻や子どもたち、果てはいい加減な弟の金まで工面する父親の姿をすぐさま連想させる。一九八九年に出版された『滝に通じる新たな小径』では、テス・ギャラガーが序文で述べているように、例えば「レモネード」という詩と「ささやかだけれど、役に立つこと」や「奇跡」と「親密」などの間に強い対応関係が見られるだろう。
その他、創作上の「小道具」に関する共通性も指摘できる。『水の出会うところ』の「灰皿」のエピグラフにチェーホフの言葉が引用されている(晩年のカーヴァーとチェーホフとの関係は、『滝に通じる新たな小径』の序文で、テス・ギャラガーが詳細に語っている)。「例えば、この灰皿だって物語の題材になりうる。灰皿と男と女。男と女はいつも物語の両極をなす。北極と南極。どんな物語にもこの二極がある――彼と彼女がいる」。実際、「灰皿」という詩は灰皿をはさんだ男と女が謳われているが、ここで思い出すのは、『愛について……』に収められた「深刻な話」に登場する、灰皿を妻に投げつけようとした夫である。さらに言えば、どんな小さなものでも書く題材になり、登場人物の精神を象徴し投影するような「小道具」になるという意味では、「使い走り」のコルクもそのひとつだと言えるだろう。
短編集全体に流れている基調を体現するような詩もある。例えば、『水の出会うところ』の「鍵を持って出るのを忘れ、中に入ろうとする」には、自分の部屋を「外側からそっとのぞくと、妙なかんじ」を受けた男の違和感が描かれている。窓からのぞき見ることと、自分の部屋でありながら自分の部屋でないような感じを受けた男の「口で表すことができない」思いは、『お静かにもがいのす』の基調であった「のぞき見」と「自我の分離」を想起させる。また、『焔』に収められている「君は恋を知らない」という詩と『愛について……』の基調である「伝達不可能性」を暗示している「愛について語るとき、我々の語ること」とを併せて読むことも興味深いだろう。さらには、カーヴァーが描きたいと思っていた日常性の脅威、恐怖感は『水の出会うところ』の「恐怖」で具体的に列挙されている。「夜、眠る恐怖/夜、眠らない恐怖。/過去を思い出す恐怖……子どもたちが先に死んで、罪の意識を感じる恐怖……死の恐怖」と、「……の恐怖」(fea of……)という形でオブセッションのような日常性の恐怖が語られている。
しかし、このようにカーヴァーの死と短編の共通性があるあまり、それを非難する声もある。カーヴァーの詩は形式的には詩の形式をとっているが、内容があまりにも散文的であり、一編の詩としてのまとまりに欠けると批判する意見もある。あまりに散文に近い詩であり、極端に言えば散文を詩の形式にしただけに過ぎないと言えないこともない。とはいえ、その一方で、カーヴァーをセオドア・レトキやジェイムズ・ライトといったアメリカ詩の抒情的な伝統を受け継ぐ者と見なし、評価する批評家が多いことも確かである。


(1)『水の出会うところ』は黒田絵美子氏によって全編訳出されている。(論創社、一九八九年)。この詩集からの引用は氏の訳を使わせていただいた。

(2)『水の出会うところ』と『群青』から、それそれ六十編あまりの詩が選ばれ、新たな配列がほどこされた詩集『海の光のなか』が一九八七念に出版されている。


B 詩集もこれで終わります。

つづきます。



   

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