デニム中毒者のたわごと

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レイモンド・カーヴァーに学ぶ  その50

 
インタビュー記事の続きです。

☘ぼくは生きたまま食い殺されそうだった☘

――わたしはずっと、出版したいという願望と創作意欲との関係に興味を持ってきました。この関係についてどう思いますか。出版したいという願望は動機付けの良い要因になりますか。

カーヴァー なると思う。教えているときも感じてたんだけど、若い作家が作品を雑誌社に持ち込む場合の話に触れなかったなら、あまりにも温室風で現実離れしたクラスになってしまう。それで、ときにはゲラ刷りの束を教室に持ち込んで、自分がやっているまとめ校正刷りを見せた。学生たちにこういったことも教えておこうと思ってね。学生たちは作品のそもそもの発端から原稿、出版社からの承諾の手紙から整理編集した原稿を経て校正刷りができ上がる過程のイロハも知らないんだ。だからぼくはこういうものを見せて、作品ができたらどこに持って行けそうか教えてやったものだ。作品を出版することを話しても、その作品の価値は減らないと思う。全くその反対だ。ビジネスと創作は車の両輪みたいなものだ。芸術と商業は協力しなくてはいけない。作品が初めて採用になったとき、ぼくの人生は確実なものになった。採用にならなければ決してそうはならなかっただろう。あれはぼくにとって、とても大事なことだった。生れて初めて詩が雑誌に載ったとき、もらったのはたったの一ドルだった。だけど、ぼくの情熱は少しも衰えたりはしなかった。それどころか、一ドルの小切手にぼくは感動したよ。

カーヴァーの気持ちは自分にも覚えがあるだけに、とても良く分かります。そうなんですよね、大事なのは「認めてもらいたい」という承認欲求が満たされることなんですよねーーそして間違いなくそれがモチベーションになります。

――ですが、純文学作家で、芸術と生活費のバランスをとらなくてはならない人が沢山いますね。良質の力強い作品を書きたいとは思いながら、同時に家族を養わなければならず、ときには、秒きざみで時計と競争しているような気がするのです。何かを発表しなければ、来月の家賃が払えないという状態です。そういうことはありませんでしたか。

カーヴァー ぼくの状態はそれに近かったと言えるし、違っていたとも言える。ぼくは詩を書いていたんでは金持ちになれないということはわかっていた。詩一篇につき一ドルとか五ドルとかしかもらえなかったし、ときには寄稿者用の献呈本しかもらえないこともあったんだから、それに、何年か短編小説を書いていたが、そのころだって、原稿料をもらっても、二十五ドルとか五〇ドルとかという額だった。だから、実際にはそういうジレンマを抱いたことはなかった。子どもはいたし、ぼくは生きたまま食い殺されそうだった。月々の支払いもあった。ときには払えないこともあった。だからあなたが今言ったような問題を抱えていた。詩や小説を書いたぐらいじゃ経済状況は変わらなかった。初めて『エスクァイア』誌に作品が載ったとき六〇〇ドルもらった。だが『エスクァイア』誌に載ったのは、小説を書き始めてからかなりたってからのことだったから、やはり小説を書いていたんでは金持ちになれるものじゃないと思っていた。もっと速く書けて、しかも充分に時間をかけられたなら、そうしていただろう。だが、ぼくは教えたり、働いたり、家族を養ったりといろいろしていた。だからぼくはただ自分にできることに、精一杯力を尽くしたんだ。

――作家になろうと思ったとき、あなたは身近にあった『トゥルー』誌や『アーゴシィ』誌のようなタイプの雑誌に発表できれば良いと考えていたのですか。ああいった雑誌はそれなりの評判を持って売れてはいますが、文学界では偉大な文学が生まれるような土壌とは考えられていません。もっと純文学的な市場に向けて作品を書こうと決めたのはどうしてですか。

カーヴァー ジョン・ガードナーに会うまでは、ぼくには純文学という概念なぞなかった。わかっていたのは、ただ作家になりたいということだけだった。もちろんぼくの家には本を読む者なんかいなかったから、誰からも全然指導を受けなかった。だから、自分が書くものが歴史小説になるか、『トゥルー』誌向けになるかは、まったく勘に頼るしかなかったんだ。ガードナーに会うまでは、どの本を読んでも価値の違いがわからなかった。ガードナーとの出会いの一番大事な点はここだった。ガードナーはこんな意味のことを言った。「わたしがここにいるからには、君に書き方を教えるだけでなく、どの作家を読むべきかも教えよう」これはぼくにとって物凄く大事なことだった。ぼくはジョセフ・コンラッドとアイザック・ディネーセンの作品を読み始めた。生れて初めてぼくに進むべき方向ができたんだ。ぼくはガードナーにリトル・マガジンをいくつか紹介してもらった。そして、そこに載っている短編小説と詩に興味を持った。それが始まりだった。ぼくは良いものを書き、書いたものを発表するということを始めたんだ。きざな態度は取りたくないんだけど、それに『アーゴシィ』誌や『トゥルー』誌などを見下すわけじゃないんだけど、ただ生きているあいだに何もかも読んだり書いたりする時間はないからね。

似たような経験はボクもしてきました――やはり「出逢い」はとても大事ですよね。

つづきます。



   

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