デニム中毒者のたわごと

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レイモンド・カーヴァーに学ぶ  その44

 
インタビュー記事の続きです。

❤いつもクラスで一番はにかみ屋だったぼくが教師になるなんて❤

――ジェイ・マキナニーに教師としてのあなたのことを尋ねましたが、彼の言い方はちょうどあなたが教師としてのジョン・ガードナーのことを話すときと同じでした。教えるのは楽しかったですか。

カーヴァー 楽しかったよ。いろんな理由でぼくの教師歴はユニークなんだ。まず、どんなに想像をたくましくしても、自分が教師になるなんて思いもよらないことだった。ぼくはいつもクラスで一番はにかみ屋だった。どのクラスでもね。一言も口をきかなかった。だから、自分が授業をやったりクラスで何か言ったり学生に力を貸してやったりできるなんて、まったく考えてもみなかった。ぼくの家族には小学校より上の学校に行った者は一人もいなかったからね、教師なんて資格で大学に出入りすることは、ぼくの自尊心にとってとても大きなことだったんじゃないかな。でも何よりも大きかったのは、夏休みがあったこと。それに、教師をしているあいだはいくぶんまともな給料がもらえたことだ。ぼくはずいぶんいろんな仕事をやったけど、あんなに良い給料を払ってくれて、しかも書く時間と自由をあんなにたっぷりくれる仕事は、初めてだった。教職に就いていながら、大学や教職を持っている作家のことを悪く言う作家が沢山いるだろう。でも、ぼくはそんなことはしなかった。ぼくは教職につけて嬉しかったんだ。
教えはじめたころ、ぼくは結構良くやっていたと思うよ。理想の教師像はもちろんジョン・ガードナーだった。だけど、ハンボルト州立大学にはもう一人リチャード・デイという名の小説家がいた。それにサクラメント大学にはデニス・シュミッツという詩人がいた。ぼくはこの二人のやり方に習って創作実習教室をやろうとしたんだ。学生一人一人に注意を払い、できる限り援助しようとした。ぼくのあるクラスにジェイが出席していた。ぼくはその、つまり、少し予習不足だったんだ。そこでぼくはしょっちゅうジェイに当てては会話をもたせようとした(笑)。「ジェイ、それじゃ君はこの本をどう思う」なんてね。するとジェイはぼくの後を受けて十分間しゃべってくれた(笑)。


――作家志望者がこういう学校やクラスに出るのは良いことだと思いますか。

カーヴァー 良いと思う。もちろん誰にとってもというわけじゃない。だけど、誰にも助けてもらわずに、生まれたときからできあがっていた作家や音楽家なんか考えられない。モーパッサンはフロベールに手助けしてもらった。フロベールはモーパッサンの作品を全部読んで、批評し助言をした。べートーベンは仕事のやり方をハイドンに学んだ。ミケランジェロは長いあいだ徒弟だった。リルケは初期には自分の詩を人に読んでもらっていた。パステルナークもそうだった。思いつく作家はほとんどみなそうだよ。誰だってそうだよ。指揮者にしろ作曲家にしろ細菌学者にしろ数学者にしろ、誰だって年上の経験者から仕事のやり方を教わるんだ。師弟関係という考え方は古くからある立派な関係なんだ。もちろん、教わったからといって必ずしも誰もが偉大な作家になれるというものじゃない。いや、偉大どころか良い作家にだってなれるとは限らない。だけど、作家になるチャンスにとって害にもならないと思う。創作実習教室のコンセプトについて、侃々諤々、いろんな論議や分析が行われている。「創作実習教室はどこに行く」なんてね。だけど、そういう問題もやがては解決されると思う。ああいうクラスが若い作家にとって有害だとは思わない。

仲間の大切さは自分自身身に沁みて感じていることなので頷けます。

――もしほかに何もないとしても、勇気づけてもらえるというだけでも大事ですね。

カーヴァー まさしくそのとおり。正直言って、もしあのときジョン・ガードナーに出会わなかったなら、ぼくはどうなっていたかわからない。ああいうクラスに出ると、この仕事をしているのは自分だけじゃない、回りに自分と同じことに情熱を傾けている若い作家がほかにもいるということがわかるし、それで元気づけられる。いったん外の世界に一人で出ると、もう誰も構ってくれやしない。創作実習教室は努力を、それもきわめて重要な努力を分かち合う場だと思う。教師や学生がその場を使いこなせないこともあるかもしれないけど、最善の教師と学生にとっては、これは良いことだよ。

――学生に沢山読書することを勧めますか。

カーヴァー 作家は、とくに若い作家は、手に入る本は何でも読みたがらなくてはいけないと思う。ぼくはある段階までは読書を奨励する。つまり、何を読むべきか、またどの作家を読んだら良いのかをよく知っている人から教えてもらうのが役に立つ段階まではね。だけど、若い作家は仕事をしてゆくうちにやがて、作家になるか読者になるか決断しなくてはならない時を迎える。若い作家で、優秀で才能もあり期待もされているのに、何もかも全部読んでからでなくては書き始められないという人を何人か知っている。もちろん全部読むなんてことはできない。傑作を全部、話題になった作品を全部なんて読めるものではない。まずそんな時間がない。ぼくは自分が二人いたらいいと思うよ。読書する自分と、書く自分とね。ぼくは読むのが好きなんだ。きっとぼくは普通の人より沢山読んでいるだろう。、でも本腰を入れて書いているときは、思うように読めないんだ。その期間は読んだとしてもほんのわずかしか読めない。ただ書くだけなんだ。活発に書いていないときは、ぼくは何でも読む。歴史書でも詩でも、小説でも、短編小説でも、伝記でも。

自分は決して若い作家でも学生でもないけど、カーヴァーの言わんとしていることなら分かります。師と呼べる人物を持つことも、読書の大切さについても……。

――学生には何を読むように勧めますか。

カーヴァー フロベールの書簡集、ぼくはこの本を推薦するよ。作家なら誰もがあの手紙を読まなくてはいけない。次にチェーホフの書簡集と伝記。ロレンス・ダレルとヘンリー・ミラーの往復書簡を集めた偉大な本も推薦する。これは数年前に読んだ。すごい本だよ。








だけど、作家がほかの作家のものを読むのは、まずどんなふうに書いてあるかということを、ほかの作家はどんなやり方で書いているかということを見るためなんだ。それに、共同して仕事をしているという感じを、自分も一緒に書いているんだという感覚を持つことができる。ぼくの経験では、殊に詩人は、普段読んでいる詩の分野の本に加えて、博物学、伝記の本が大いに役立っている。

――あなたはアメリカ的な慣用句を使い、いわゆるマイニュート・パティキュラー(微細で特殊な事象)に細心の注意を向けていますね。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズやウィリアム・ブレイクを思わせます。こういった詩人たちの影響を受けましたか。

カーヴァー 確かにウィリアム・カーロス・ウィリアムズの影響を受けた。ブレイクの詩に出あったのは、自分で詩を書き始めてからずいぶんたってからのことだった。だけど明らかにウィリアムズの影響は受けた。十九、二十歳のころは、ウィリアムズの詩は手に入るかぎり読んだ。じつは、チコ州立大学にいたころ、同人雑誌を始めたんだ。三号で廃刊になった。『セレクション』という題でね。この雑誌にウィリアムズの書き下ろしの詩を載せたんだ。ぼくはウィリアムズにファンレターを書いて、同人雑誌を始めることを知らせた(もちろん原稿料のかわりに献呈本ぐらいしか約束できなかった)。するとウィリアムズは素晴らしい詩を送ってきてくれた。その詩の下には自筆のサインがあった。ぼくが人生で経験した感動的なできごとの一つだった。それもウィリアムズが亡くなる直前のことだった。「ゴシップ」という詩で、死後に出版された『ブリューゲルの絵』という詩集に収めてある。




――ウィリアムズの短編小説の影響はどうですか。あなたとウィリアムズの短編小説には大変似通った点がありますが。

カーヴァー 彼の短編小説は大好きだ。彼の仕事が、あるいは彼のやり方がぼくの短編小説にどれくらい入っているかは、よくわからない。入っているかもしれない。なにしろ、あのころぼくはほとんど何にでも影響を受けたからね。ぼくはまだ十九か二十歳だった。ジョン・ガードナーがぼくの先生だった。そのころ彼はまだ何も出していなかったのに、何でも知っているように見えた。彼はぼくを作家になるように方向づけてくれたんだ。読むべき作家や眼を通すべき本などを指示してくれた。意識的かどうかわからないけど、ぼくはウィリアムズの詩の影響を受けていた。たぶん彼の短篇からもね。実際、ぼくが「父親」という短編を書いたのは、ウィリアムズを読んで間もなくだった。だがぼくがより直接ウィリアムズの影響を受けたのは詩のほうだった。ぼくの小説が影響を受けたのはヘミングウェイの初期の短編小説だと思う。ぼくは今でも二、三年おきに、彼の初期の短編を読み直す。今でも文章のリズムに興奮するんだ。書いてある内容だけでなく、その書き方に興奮するんだ。ここ二、三年読み返していない。そろそろヘミングウェイを読み返す時期だという感じがしてるんだ。

短編の師匠としてヘミングウェイの名を挙げる作家は多いですよね。もちろん、ボクも同感です。

つづきます。



   

~ Comment ~

Hemingway 

数冊手もとにあるんですけど、今、少しずつ読んでいるところです~。
なんとなくタイトルに惹かれて『ヘミングウェイ全短編3』の「何を見ても何かを思い出す」を拾い読みしたら、心身ともにしばし固まってしまいました(←自分の思いを言葉に出来ない歯がゆさゆえ)。初期というと「1」から読めばよいのでしょうかね。

ヘミングウェイの短篇 

まおまおさん、こんにちは^^

>数冊手もとにあるんですけど、今、少しずつ読んでいるところです~。

はい。

>なんとなくタイトルに惹かれて『ヘミングウェイ全短編3』の「何を見ても何かを思い出す」を拾い読みしたら、心身ともにしばし固まってしまいました(←自分の思いを言葉に出来ない歯がゆさゆえ)。

『何を見ても……』はボクもタイトル買いをしたクチです。思いっきり惹かれましたね、タイトルだけでお腹いっぱいになりました(笑)。自作にも登場させたことがあるくらいです。

>初期というと「1」から読めばよいのでしょうかね。

ええ、たぶん。個人的には、いわゆる「ニック・アダムズもの」がお薦めです。
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