デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ  その43

 
今度はカーヴァーのインタビュー記事を紹介しましょう。
インタビュアーはマイクル・シューマッハーで、インタビューのタイトルは「焔のあと、焔の中へ」です。記事の翻訳は杉浦悦子さんが務めています。

☘あんなに詩を書いた後、死んでしまっても構わない気がしたよ☘

――あなたは短編小説よりも詩集を数多く出版なさっているようですね。詩人としての経歴を聞かせてください。

カーヴァー 自分の書いたものをほうぼうに送り始めたころは、短編小説と詩に同じだけの時間をかけていた。それから六〇年代の初めに、同じ日に詩と短編小説が採用になった。別々の出版社から来た採用通知が二通、同じ日に郵便受けに入っていたんだ。まったく記念すべき日だった。ぼくは行き当たりばったりなやり方で、短編小説と詩を書いていた。そのときのなりゆき次第でね。だがとうとうどっちに自分のエネルギーと力を注ぐか決めなくちゃいけないというところに来た。意識的だったかどうかはわからないが。それで短編小説に決めたんだ。

――でも、詩は書き続けたんでしょう。

カーヴァー そうなんだ。ぼくは何年も時折詩を書く程度のいわば兼業詩人だった。それでも、まったく詩人でなくなるよりは良いと思っていた。書けるときはいつでも詩を書いた。チャンスがめぐってきたときちょうど短編小説を書いていなければいつでも。初めのころに書いた詩は小さな出版社から出したので、もう版切れになっている。その中の良いものは『焔』という作品集に入れてある。これは今でも手に入る。初めのころの詩集に、とっておきたい詩が五〇篇ほどあったんだ。これは『焔』に収めた。

――ここ数年、あなたは兼業詩人どころではありませんね。このところ、膨大な数の詩を書いていますが、これはどうしたわけですか。

カーヴァー 『カセドラル』の出版とそれに伴う騒ぎの後、静かに落ち着いていることもできなくなったし、書く場所もないような状態になってしまった。ぼくたちはシラキュースに住んでいた。テスは大学で教えていたし、家の中ではいつも誰かが動き回っていた。電話は始終鳴っていたし、客もよく来た。そのうえテスの大学の仕事があったし、付き合いもあった。いろいろあったが、仕事をする時間だけはなかった。それでポートエンジェルズに越して来たんだ。仕事のできる静かな場所が欲しくてね。ぼくは小説を書くつもりでこの小さな家に越してきたんだ。まる二年、詩を書いてなかったんじゃないかな。これから先もう詩なんか一つも書かないなんてことになるかもしれないという気がしてた。そんなときここに来たんだ。じっと坐っていると何日かが静かに過ぎた。ぼくは雑誌をひっぱり出して詩を読んでみた。ぼくはその詩が気に入らなかった。そこで思った。「ぼくならもっと良い詩が書ける」ってね(笑)。これは詩を書く良い動機じゃないかもしれない。だが、動機はなんであれ、その晩ぼくは詩を書いた。翌朝起きるとまた詩を書いた。そしてこれが六五日続いたんだ。日に二つも三つも書けたこともあった。あんな時期はあれっきり二度と来なかった。ぼくはあの六五日間が過ぎた後死んでしまっても構わないような気がしていた。ぼくはまるで火がついたような気分だったよ。
こんな具合であの詩を全部書いたんだ。その大部分は『水が交わるところ』という詩集に入れてある。それから数ケ月というもの、ぼくは何もしなかった。ぼくたちは詩の朗読と講演をしにブラジルとアルゼンチンに行った。その間に詩集が出版してもらえることになった。南米から帰ってくると、また詩を書き始めた。今度も動機が正しいかどうかわからないけど、「もし詩集が出て、さんざんにこきおろされたら(笑)、そして、もう二度と詩を書くななんて言われたら、ぼくはフィクションしか書かなくなるんじゃないだろうか」と思ったんだ。理由はともあれ、ぼくはまた詩を書き始めた。そして、『水が交わるところ』が出版されたときにはもう、引き出しには新しい詩集ができあがって入っていたんだ。この時期のこと、あの詩集を書いたころのことを思い返してみると、どうしてあんなことが起きたのかまったく説明ができない。これが本当のところなんだ。あの詩全部が賜物のように思える。今のところは、また短編小説を書いているんだ。ある意味ではあの時期は二度とは戻ってこないようにさえ思える。もちろん一度はぼくに訪れたんだし、ああいう時期があって良かったと思っている。そして、あの時のことをあまり大袈裟に考えたくはないけど、確かに素晴らしい時期だった。わくわくするような時期だった。去年『ウルトラマリン』が出版されて以来、二、三篇詩を書いた。だけど今のところは主に短編小説に専念している。今書いている短編小説集ができあがったら、また詩を書き始めたいと考えている。詩を書いているときは、ぼくにとって詩ほど大事なものはこの世に何もないというような気分になれるから。ぼくの墓石には「詩人」とだけ一言彫ってもらえれば、ぼくとしては満足だよ。「詩人」そしてかっこをつけて、「短編小説作家」ってね(笑)。それからどこか下のほうに「兼業編者」ってね。


――そして、「教師」と。

カーヴァー そして「教師」ね。そうだね。教師は一番下がいい。

いかにカーヴァーが「詩人」としての自分を大切に考えていたか分かる発言ですよね。

つづきます。



   

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