デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その29

 
村上春樹さんの解説の続きです。

本書にも書かれていることだが、僕がワシントン州オリンピック半島のポート・エンジェルスの自宅にカーヴァーを訪ねたのは一九八四年の夏のことだ。そのとき彼は、禁酒には成功して、もう何年も素面の生活を送っていたが、ちょうど禁煙を試みているところだった。テスに「煙草をやめなさい。命取りになるから」と言われて、なんとかやめようと努力していたのだ(禁煙は結局そのときも成功しなかったようだ)。おそらくはそのせいだろう、大きな両手が落ち着きなく震えていた。というか、手だけではなく、その巨大な身体全体が、大きな地震の余震のように細かく震えていた。少なくともそういう印象があった。
その二時間ばかりのインタビューでもっとも印象的に覚えているのは、僕が「ワシントン州の田舎で育った経験、ワーキングクラスの生活」みいなことについて質問したとき、彼がいくらかもじもじしながら、しかし目をきらりと光らせて、「いや、君はそう言うけどね、僕はたしかにワシントン州の小さな町で育ったけれど、ハイスクールを出てからはその土地を離れて大学の文芸科に通い、おおむね都会で生活を送っていたんだよ」と答えたことだ。そういう答えが返ってきたのは、僕としてはいささか意外だった。彼は自ら意図して、アメリカの名もなき庶民の生活を――そういうものを題材として真っ向から取り上げる作家はこれまでほとんどいなかった――いわば「地べたの視線」でしっかり描こうとしているのだと、僕は思っていたからだ。たぶん彼は、自分の書いている小説を「これはブルーカラー小説です」みたいに図式的に、固定的に受け取ってほしくないのだろうと、そのとき思った。そういう視点で自分の作家としての立ち位置を決められてしまうことが、本人としてはあまり嬉しくないのだろうと。
もちろん彼の言うことももっともだ。カーヴァーの書く小説はそういう狭い世界に留まる種類のものではない。そこにはもっと大きな、自然な文学的広がりがある。しかし彼の小説世界が、ワシントン州の製材所のある(ほとんど製材所しかない)小さな町での生活を抜きにして成立しないこともまた確かだ。そこが彼の出発点でもあり、同時に彼の小説の出発点でもあるのだ。「この人は何かから抜け出したい、新しい領域に進みたいと思いながら、常に抗いがたく過去に引き戻されていく傾向がある人なのかもしれない」とそのとき感じた。言うまでもなく誰だってそういう傾向はあるのだけれど、とくに強く。

僕はキャロル・スクレナカの書いた、この分厚いレイモンド・カーヴァーの伝記をこれで二度通読した。最初は二〇〇九年の秋、アメリカで刊行されたときに、アマンダ・アーバン(ニューヨークの文芸エージェント。彼女はかつてカーヴァーを担当し、現在は僕を担当してくれている)が送ってくれたブルーフ(見本刷り)で、二度目は今回翻訳された本書を、やはりゲラ刷りで。
僕はカーヴァーに関する書物をこれまでずいぶんたくさん翻訳・紹介しているので、本書に書かれている事実のほとんどは既に知っている。引用された文章や発言についてもだいたい記憶している。読んでいて「へえ、こんなこともあったんだ。知らなかったな」という記事はほんの少ししか見当たらなかった。しかしそれでも、どちらのときも、まるで引きずり込まれるように最後までページを繰ってしまった。そして読み終えたとき、あらためて深く感ずるところがあった。読み進みながら、ふと気がつくと目の前にレイモンド・カーヴァーその人が座って、細かく震える手で紅茶を飲んでいるような錯覚に襲われることもあった。長大な伝記だが、文学に興味のある人なら間違いなく一読の価値のある労作だ。
数多くの読みどころのある本だと思うし、人によって様々な読み方が可能だと思うが、僕は今回、本書を読みながらあちこちで「依存と自立」という問題について深く考えさせられることになった。レイモンド・カーヴァーという人は、人生の最初から最後まで一貫して、依存の問題に苦しめられていたように見える。
ハイスクールを卒業するまでは両親のもとで生活し、卒業するとすぐに一歳年下のメアリアンと結婚し、二人の子供をもうけ、そのあとはおおむね、タフで、頭が切れて、生活力のあるメアリアンに頼って生計を立てた。生活苦にあえぎながら大学に通い、創作クラスでは小説の書き方を教えてくれる教師たちに深くよりかかった。とくにジョン・ガードナーの影響は強く、彼によって小説の書き方を「初期設定」されたと言っても差し支えないくらいだ。後日知り合った編集者ゴードン・リッシュは、カーヴァーの作品を認めて世の中に紹介し、彼を全国的に有名にしてくれたものの、強権を振るってカーヴァーを精神的に支配し、その作品を勝手に大幅に書き換えた。カーヴァーがそれに抗議しても、おおむね無視した。カーヴァーはストレスからますます酒に溺れ、自信を失い、健康を損ない、まさに死の瀬戸際まで行った。最後にはなんとか酒を断つことに成功したものの、その過程で家庭は崩壊し、二度の破産宣告を経て、メアリアンと別居することになった。そして詩人テス・ギャラガーと生活を共にするようになり、彼女の導きに従って生活を立て直し、大学に安定した職を得て、腰を据えて優れた小説を書くようになった。こじれにこじれたリッシュとの縁を切ることもできた。しかし長年にわたるニコチンへの依存は最後まで断ち切ることができず、それが結局は命取りになった。
本書を読んでいると、カーヴァーという人は依存という行為を抜きにしては、うまく生きていくことができなかったのではないか、という印象さえ受ける。彼はそういう状況を抜け出し、なんとか自立しようと努力はするのだが、それはおおかたの場合、依存する相手を変更するだけのことに終わってしまう。「うん、そういう人っているんだよね」という声がどこかから聞こえてきそうだが、カーヴァーの凄い点は言うまでもなく、「そういう人っているんだよね」的地点に留まることなく、そのぎりぎりの「依存の綱渡り」の合間を縫うようにして、歴史に残るであろう輝かしい一群の文学的成果を生み出したところにある。そしてこの伝記が興味深い読み物になっているのは、そのような離れ業がどのようにして達成されたかが、事細かに念入りに記述されているところにある。僕らはその経緯を辿りながら、思わずため息をついて首をひねることになる。この男は破天荒な型破りの天才なのだろうか? それともたまたま小説を書く能力を具えていたただの頼りない、依存症の男なのだろうか? それは正直言ってかなり判断に苦しむところだ。
しかしひとつだけ確実に言えることがある。それは多くの人々が彼の人柄を愛し、彼を進んで受け入れたという事実だ。多くの女たちが彼に惹きつけられ、多くの男たちが彼と友誼を結んだ。彼にはそういうところがあった。そして結局のところ、何はともあれ、彼は素晴らしい小説群をあとに残していった。彼の名前はおそらく文学史に残ることだろう。それがレイモンド・カーヴァーなのだ。僕らはその事実をただそのまま受け入れるしかない。

本書がアメリカで出版されたとき、スティーブン・キングが「ニューヨーク・タイムズ」紙に書評を書いた。「え、どうしてスティーブン・キングがカーヴァーの伝記を?」といささか驚いたのだが、読んでみて「そうか、なるほどな」と納得させられた。キングも作家としてデビューする前は、カーヴァーと同じような厳しい境遇に置かれていたのだ。彼はその書評の中で、ゴードン・リッシュとカーヴァーの確執について――カーヴァーがリッシュのおこなった大幅な改変を泣く泣く受け入れざるを得なかったことについて――次のように書いている。


カーヴァーがつきつけられたこの「究極の選択」〔リッシュの改変をそのまま受け入れるか、あるいは作品がまったく活字にならないかの二者択一――村上注〕は本書『レイモンド・カーヴァー――作家としての人生』におけるひとつのハイライトになっている。このような状況に置かれたら、どんな作家だって「もしこれが自分だったらどうするだろう?」と考え込んでしまうはずだ。私はとにかく考え込んでしまった。一九七三年に私の最初の小説が採用されて出版されたとき、私もちょうど似たような苦境の中にあった。年若く、酒に溺れ、妻と二人の子供を抱えて生活の維持に汲々としていた。夜中に机に向かって原稿を書き、幸運の到来を求めていた。幸運は訪れた。でもスクレナカのこの本を読むまでは、私は幸運とはダブルデイ社が『キャリー』に支払ってくれた二千五百ドルの前渡し金のことだと思っていた。今では私にはわかる。私にとっての幸運とは、ゴードン・リッシュのような編集者に出会わずにすんだことだったのかもしれない。

キング氏のみならず多くの読者は、本書に描かれたレイモンド・カーヴァーの入り組んだ五十年間の人生に、いくつかの教訓を見いだされるのではないかと僕は想像する。「教訓」というのはいささか古くさく無骨な言葉だが、レイモンド・カーヴァーという人にはそういう実際的な表現がぴたりと似合ってしまうところがある。彼の作品を読んでいただければわかるように、あるいはこの伝記を読んでいただければわかるように、カーヴァーはいわば「自分の身を粉にして」小説を書いた人だ。その挽き臼にかけるマテリアルのひとつひとつを、彼は自分の身の内からもぎとっていった。そこにはもちろん痛みがあった。時にはまわりの人々を痛めつけることもあったが、その痛みはだいたいにおいて彼自身に戻ってきた。彼にとって生きるということはそのまま小説を書くことであり、小説を書くというのはそのまま人生を生きることだった。その並行作業には、痛々しいまでに嘘も誤魔化しもない。もしそのような生き方に教訓みたいなものが見いだせなかったら、僕らはいったいどこから生きるためのアドバイスを学びとればいいのか?
僕としてはとくに小説家を志している若い人々に、この本をじっくり読んでいただければと思う。もちろん小説家がみんな彼のような波乱に富んだ、ジェットコースター的な人生を送るわけではない(たとえばこの僕だって彼とはぜんぜん違う種類の人生を送っている)。彼の生き方を参考にしろと言っているのでもない。しかしレイモンド・カーヴァーの「生きざま」(あまり好きではない言葉だが、ここにはたぶん相応しい)には、小説家であるというのが本質的にどういうことなのかが、きわめて率直に示唆されていると僕には思える。それは「何かを書き続けるというのは、自分から何かを削り取り続けることなのだ」という事実である。僕らはその削り取られたぶんを、どこかからもってきた何かで必死に埋めていかなくてはならない。カーヴァーはその供給源(ソース)を幸運と依存に求めた。誰がそれを非難できるだろう?
彼は長い歳月にわたってもがき苦しみ、最後の数年間にようやくその報酬を受け取ることができた。それはとても大きな意味を持つ豊かな報酬だった。僕はそのことを嬉しく思う。そして彼は「上機嫌で」最後の眠りに就くことができた。僕はそのことをもとても嬉しく思う。      二〇一三年六月


あれこれと考えさせられる文章でしたね。
村上春樹さんの解説文は以上です。

つづきます。



   

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