デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その26

 
前回記事で川本三郎さんが言及していたカーヴァーのエッセイ「父の肖像」は確かに無駄がなく説得力のある文章で読ませてくれます(興味のある方は実際に読んでいただけたら……と思います)。
その中でカーヴァーは「二十二歳の父の写真」という詩を披露しているんですが、その前後の文章を紹介しましょう。

私の母は彼らが新婚当初ワシントンにいたころの写真を何枚かもっていたが、その中に、父がビールとひもにとおした魚を持って車の前に立っているものがある。写真にうつった彼は帽子を髪のはえ際までずらし、居心地の悪そうな笑みを顔に浮かべている。私がその写真をくれないかと頼むと、母は他の何枚かの写真と一緒にそれを私にゆずってくれた。私はその写真を壁にかけ、引越すたびにそれをまた新しい壁にかけるべく持ちはこんだ。そして折りにふれてはそれを眺め、父親についての何かを理解し、それを通して、ひいては私自身をも理解しようとつとめた。しかしそれはうまくいかなかった。父はどんどん私から遠ざかり、過去の時間の中に埋もれていった。そしてそうこうするうちに引越しに紛れて、私はとうとうその写真を失くしてしまった。そのとき私はそれをなんとか思い出そうとつとめ、同時に父について何かを書いてみようとした。我々二人がいくつかの重要な共通性を有しているかもしれないと思ったことについて私は書いてみたがった。私はその詩をサン・フランシスコの南側近郊にあるアパートの一室で書いた。その当時、私は父と同じようにアルコール中毒に苦しんでいた。その詩は私と父との結びつきを求めようとした試みだった。

二十二歳の父の写真

十月。この湿っぽい見なれぬキッチンで
僕は父の居心地の悪そうな若者のころの顔を眺めている。
おどおどした笑みを浮かべ、片手にひもに吊したとげだらけの
スズキを持ち、もう一方の手には
カールズバーグ・ビールの瓶。

ジーンズにフランネル・シャツという格好で
1934年型フォードのフェンダーにもたれ
彼はその勇猛さと強健さを後世に伝えようと試みている。
古い帽子を耳がかくれるくらいあみだにかぶったりしている。
父はいつも男っぽくあろうとしていた。

しかしその目を見れば父の本当の姿がわかる。そしてその両手。
それは死んだスズキの口にかけたひもをたよりなくさしだし
ビールの瓶を握っている。父さん、僕はあなたのこと好きだよ。
でも感謝するわけにはいかないな。僕もやはり酒にふりまわされているようだ。
どこに魚を釣りに行けばいいのかもわからないんだもの。


最初に出てくる「十月」というのをのぞけば、その詩は細部まで現実に即している。父が死んだのは本当は六月だ。私は響きに含みをもたせるために一音節のJuneよりはOctoberの方を選んだのだ。しかしそれにも増して、私はその詩を書いたときの気分にふさわしい月を選びたかったのだ。日が短くなって日の光が弱まり、空気がぼんやりとして、事物が枯れ落ちていく月をだ。それに比べて六月には夏の輝きが溢れ、卒業式の季節であり、私の結婚記念日のある月でもあり、私の子供の一人の誕生日もある。六月は父を亡くすのにふさわしい月ではない。
葬儀場での式が終わったあとで外に出ると、私の知らない女性が私のところにやってきて、「お父さんは亡くなって幸せになったのよ」と言った。彼女が立ち去ってしまうまで、私はじっとその女性の顔を見つめていた。私は彼女の帽子のてっぺんについていた飾りを今でもよく覚えている。それから父の従兄の一人がやってきて――私はその従兄の名前を知らなかった――私の手をとり、「俺たちはみんなとても哀しいよ」と言った。それがただの月並みな悔みの言葉でないことは私にもよくわかっていた。
父の死を知らされてからはじめて私は泣いた。その前には泣くことができなかったのだ。ひとつには、泣くだけの時間的な余裕さえなかったのだ。しかしそのとき突然、涙が止まらなくなってしまった。その夏の午後の盛りに私は妻の体を抱いて泣きつづけた。妻は精一杯私を慰めてくれた。
人々が母を慰める言葉に私はじっと耳を傾けていた。父の一族が顔を見せてくれたことは嬉しかった。彼らはわざわざ父の住んでいた町までやってきてくれたのだ。私はそのとき交わされた言葉や起こった出来事のすべてを頭に刻みこんでおけば、いつかそれについて何かを書けるかもしれないと思った。しかし今のところ何も書いてはいないし、何もかも、あるいはそのあらかたは忘れてしまった。私が覚えているのは、私と私の父が共有する名前がその日ずっと人々の口にのぼっていたということだけだ。しかしもちろん彼らが囁いていたのは父の方の名前だ。レイモンド、と人々は私が子供のころ耳にした美しい声でその名を囁いていた。「レイモンド」。


こうしてこのエッセイは閉じられます。

つづきます。



   

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