デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その25

 
付録の冊子には川本三郎(その1その2)さんの文章も掲載されています。
こちらのタイトルは「生活に追われて」です。

アメリカの父親は、男の子どもに三つのことを教える義務があるという。野球と、釣りと、キャンプの火のおこし方。
たとえばヘミングウェイの父親は、この三つをきちんと息子に教えたと思う。J・D・サリンジャーの父親はたぶん三つとも教えなかった。トルーマン・カポーティにはそもそも父親がいなかった。ジョン・チーヴァーの父親は野球だけは教えたと思う。
それならば、レイモンド・カーヴァーの父親はどうだろう。カーヴァーの小説には釣りがよく出てくるから、父親は釣りだけは教えたかもしれない。いや、おそらく、カーヴァーは父親に釣りを習わなかった。習うことが出来なかった。それはたぶん父親に、息子に釣りを教える余裕がなかったからだ。
とすると、カーヴァーは、父親から大事な三つのことを教わらなかったと想像される。子どものときに野球も、釣りも、キャンプの火のおこし方も、父親に教えてもらえなかったこと、その欠如感が、カーヴァーの作品をおおう不安感、不安定感のもとではないか。カポーティにもこの欠如感はあるが、カポーティの場合は、そもそも、野球にも、釣りにも、キャンプにも興味があったとは思えない。カーヴァーは違う。本当は、父親に教えてもらいたかったのに、父親にその余裕がなかったために、とうとう欠如のままできてしまった。子ども時代に、大きな忘れものをしてきてしまった。

こんな想像をはじめたのは、他でもない、カーヴァーが父のことを語った『父の肖像』を面白く読んだからである。それによれば、カーヴァーの父親は、大恐慌時代を生きた、ブルーカラーである。
アメリカの現代史のなかで、大恐慌は、おそらく第二次大戦よりも大きな、苦難の体験である。ハードタイムズである。この時代を生きてきた世代は、どんなにその後、まともな暮しが出来るようになっても、貧困と失業の悲惨な記憶からのがれることが出来ない。『雉子』という小品のなかに主人公の男が、農園労働者の住む移動バラックを見て「スタインベックの世界だな」というところがあるが、カーヴァーの父親もあの時代、いつ『怒りの葡萄』の農民たちと同じになってもおかしくない境遇にあった。
カーヴァーによれば、父親は、そのころ「リンゴもぎ」をしたこともあるし、ダム建設の労働者をしたこともあるという。そのあとワシントン州の小さな町の製材所で働き、子どものカーヴァーも同じようにそこで働いた。カーヴァー家にはずっと車がなかったというから、貧しい暮らしだったのだろう。「レイモンド・カーヴァーという(父の)名は支払い能力のない一人の男を意味することになった」。
父親にはたとえそうしたいと思っても、息子に三つのことを教える余裕はなかったと思う。釣りにだけは連れて行ってくれたようだが、カーヴァーの作品に描かれる釣りは、とても幸福に見えない(たとえば本巻――『ファイアズ(炎)』――の『キャビン』『みんなは何処に行ったのか?』)ところを見ると、父親が連れて行ってくれたかろうじての釣にもカーヴァーはあまりいい思い出はないのではないか。



ブルーカラーだった父親と同じように、レイモンド・カーヴァーも、その日暮し的な職業を転々とした。―『ファイアズ(炎)』の中で、「私は製材所で働いたり、用務員のようなことをやったり、配達をやったり、ガソリン・スタンドで働いたり、倉庫番をやったりした。とにかく文字通りなんだってやった」と書いている。もちろん、作家になるための人生修業でではない。ただ、生きるためである。カーヴァーは大学にも行っていない。その点で、ジョン・アプダイクのような東部の知識人作家とはまるで違う。中西部のいわゆるレッドネックのほうに近い。
本巻の作品を見ても『ハリーの死』の自動車修理工とか、『みんなは何処に行ったのか?』の失業中の男とか、カーヴァーの作品には、アメリカのブルーカラー、忘れられた人々が多い。映画化するとしたら主演はハリー・ディーン・スタントンあたりが似合いそうだ。
カーヴァーの、短篇というスタイルも、彼のこうしたブルーカラーの生活から生まれた、切実な表現形式だった。毎日、食うための仕事に一日の大部分をとられるブルーカラーの生活では、じっくりと腰をすえて長篇を書く余裕はない。一日の残りの、「きれっぱし」のような時間のなかで「もの」を書くとしたら、短篇にならざるを得ない。好き嫌いの問題ではない。それはリアルな生活の問題である。
カーヴァーはそのことに自覚的だった。その点で『ファイアズ(炎)』は、とても切実なエッセイだ。よくある作家の「創作の秘密」のような気取ったものではない。「なぜ短篇を書いたかって? 生活に追われていてとても長篇なんか書く余裕がなかったからさ」。簡単にいえばカーヴァーはそういっている。生活のリアリズムである。父親がカーヴァーに三つのことを教えている余裕がなかったように、カーヴァーには長篇を書いている生活の余裕がなかったのである。カーヴァーの短篇は、切羽詰まった生活の必然から生まれた形式なのである。それだけにカーヴァーは、筋金入りの短編作家ということが出来る。考えてみれば、短篇の名手チェーホフだって、生活に余裕がなかったから次々に短篇を「書き散らした」。そこから傑作が生まれた。
比喩的にいえば、短篇というのは日雇い仕事のようなものである。リンゴもぎの仕事のようである。生活に追われ、追いつめられ、余裕のなくなったところから生まれる。だからこそ面白いのである。
ところでむ、カーヴァーに男の子はいたのだろうか。男の子がいたとしたら父親として三つのことを教える余裕があっただろうか。


たしかカーヴァーが二十歳になった年に息子が生まれたんですよね(ヴァンスという名で、学年的にはボクと同じです)。

川本さんの文章はこれで終わりですが、今シリーズはまだまだつづきます。



   

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