デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その18

 
ここに収められた書評は三編をのぞいて、すべてシカゴ・トリビューン紙の書評欄に寄稿されたものである。(『ブルーバードの朝、嵐の予報』は「サンフランシスコ・レヴュー・オブ・ブックス」のために、『名声なんていらない。私が言うからたしかだ』と『成熟すること、崩壊すること』は「ニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴュー」のために書かれている)。実を言うと、僕はここにテキストとしてとりあげられた本の半分以上を読んでいないし、読んでいない作品の多くは題すら聞いたことがなかった。にもかかわらず僕はこれらの書評をとても面白く読むことができた。そういうのは文章家のひとつの芸と言ってもいいのではあるまいか。
これらの書評を読んで、即座に理解できることがふたつある。それはレイモンド・カーヴァーが本を読むという作業にきわめて深い、どちらかといえば物理的な種類の楽しみを見出すことのできる人であるという事実と、それと同時に彼は自分が愛好する小説に対して実に明確なイメージと基準を持っていて、それを変更するつもりは今のところ(要するに半永久的にということだが)まったくないという事実である。好きなものははっきりと好きだし、気に入らないものははっきり気に入らない。その分け目はきわめて鮮明であり、まわりの人の反応を横目でちらちらと気にしたりなんていうことはまったくない。視線の出どころはすごくはっきりしている。日本においてもアメリカにおいても、新聞の書評欄には読んでいて「それで結局、何が言いたいんだ?』と思わず声に出したくなるような、態度のはっきりしない業界風見鶏的な書評がつきものだが、カーヴァーに限っていえばそういうところは一切なく、実に小気味がいい。
だから彼の書評にとりあげられたある本が、たとえこてんぱんに批判されていたとしても(賢明というべきか、ほとんどの場合、彼は批判するよりは賞賛する方にまわっているわけだが)、「カーヴァーにそれくらい悪く言われるんだから、ひょっとしたら読み方によっては面白いのかもしれないぞ」と思ってしまうところがある。つまり白か黒かではっきり断じられてはいても、いやかえってはっきり断じられているからこそ、そこには単純な取捨を越えた余地のようなものが残っているのだ。もちろんぼろくそに言われた人は頭に来るだろうけど、書評というのはそもそもの成り立ちが一種の偏見なのだから、その偏見が方向性とはべつにひとつの正直で率直な定点的心情として、あるいはひとつの芸として機能さえしていれば(残念ながら現実には機能していない場合の方が多いのだが)、そしてそのことが読者にきちんと伝わりさえすれば、それで書評としての公正性は十分保たれるはずだと僕は考える。カーヴァーの書評はそういう点において、書評としての責務をきちんとクリアしている。
たとえばここでぼろくそに批判されたジェフリー・マイヤーズ氏は、それにもめげず(?)ヘミングウェイの伝記につづいて一九九四年にスコット・フィッツジェラルドの伝記を発表している。僕も当時、読んでみようと思って書店で買い求めたのだが、アメリカ人の知人に「その本はひどいから読まない方がいいよ」と忠告されて、本棚でそのまま眠っていた。でも今回マイヤーズ氏の書いたヘミングウェイの伝記に対する子のカーヴァーの書評を読んで、「そんなにひどいのなら、ちょっと読んでみてもいいかな」と逆に興味を抱くようになった。書評というのは本来そういうものではないだろうか。評者のとる個人的な姿勢がネガティブなものであれポジティブなものであれ、何もない水面に波を起こすように、読者にその本に対する興味を起こさせることも、書評の大事な役目なのではないか。
リチャード・ブローティガン(最近もシリーズでお伝えしましたよね)もかなり批判的に扱われている作家の一人だ。この書評の中でカーヴァーがブローティガンについて主張していることは、お説ごもっともというか、本当にそのとおりだろうと思う。ここに取り上げられている『東京モンタナ急行』は、ブローティガンの最晩年の作品だし、正直言ってかなり「ゆるい」。しかし僕はブローティガンが個人的に好きなので、そういう「ゆるさ」もある程度受け入れてあげていいのではないかと考えている。長い目でみればそれが人生というものなんだから、と思う。その時期のブローティガンのゆるさは、ブローティガンの人生の中に総合的に包含されていくゆるさだったのだ。また、そもそもブローティガンという人は日本の句集とか歌集みたいな感覚で本を作っていた人で、「たくさん出しといて、何割か相手にヒットすればいいじゃん」というところがあった。
でもこの時期のカーヴァーにはおそらく、そのようなゆるさを許容するゆとりが持てなかったのだろう。カーヴァーには時間はあまり残されてはいなかったし(ずいぶん人生の寄り道をしてしまった)、しっかり生き急がなくてはならなかった。ブローティガンのようにアルコールの霧の中で「生きゆるんでいる」暇はなかったのだ。二人とも西海岸北部を活動場所とした作家であり、年齢も近く、ともにアルコール中毒に苦しめられた。しかし二人はまったく異なった種類の晩年を送ることになった。そういう風に考えると、この二人の作家の束の間の文章上の邂逅(あるいはすれ違い)には、なにかしら我々の哀しみを誘うものがある。とくにブローティガンがほどなく自らの命を絶ってしまったという事実を思えば……。


ちょいと穏やかでいられない記述が最後の方に待っていましたね。

つづきます。



   

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