デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その12

 
今回はカーヴァーの「『浮き』その他の詩について」という一文を紹介します。

私がこれまでに書いたすべての詩は、私にとってはということだが、第一級の出来事である。だからこそ私は、自分がその詩を書いたときの感情のあり様や、物理的な環境なんかを、たとえばそのときの天候みたいなことまで、はっきりと覚えている、と思っている。もしどうしても思い出せと言われれば、それが何曜日であったかまで、なんとか思い出せそうな気がする。少なくとも、大抵の詩について言えば、それが平日に書かれたものか週末に書かれたものかの区別くらいはつけられると思う。それらがどの時刻に書かれたものかはまず間違いなく記憶している――朝に書いたのか、昼食時に書いたのか、午後に書いたのか、あるいは(ごく稀にしかないことだが)夜遅くに書いたのか。短篇小説に関して言えば、とりわけ初期に書かれた短篇については、そのような記憶はほとんどない。たとえば私が最初に出した短篇小説集を読み返したとき、私はそれらの作品が発表された日時を確かめるのにも、コピーライトの日付に目をやらなくてはならなかった。その日付から、一年か二年の誤差はあるが、それらが書かれたであろう年を推測するわけだ。ごく少数の孤立した例外を別にすれば、それらの短篇を書いたときのことは、特筆すべきことも、並外れたことも、まるで覚えていない。自分がそのときどんなことを感じていたかなんてとても思い出せない。
どうしてひとつひとつの詩に関して、時刻とか状況とかいろんなことをそんなにはっきりと覚えているのに、短篇小説のこととなるとぜんぜん駄目なのか、自分でもその理由はわからない。それはひとつには、正直言って、私が詩をより身近なものとして、より特別なものとして感じているという事実に起因するものかもしれない。私は、ほかの仕事に比べて、それをギフト(贈り物)であると感じているのだ。もちろん短篇小説だって私にとっては、詩に劣らず大事なギフトであるわけだが、それでもなおかつひとつの気持ちとして。あえていうなら結局のところ、私は小説よりも詩に対して、より親密な価値を置いているということになるかもしれない。
言うまでもないことだが、私の書く詩は事実をそのまま語っているわけではない。それらの出来事は実際には起こっていないことだし、少なくとも、そこに書かれている物事は、そこに書かれたようなかたちで起こったわけではない。しかし、私の短篇小説のおおかたがそうであるように、それらの詩の中には自伝的な要素が含まれている。その中で起こっていることに似た出来事は、過去のいずこかの時点で私の人生の中でも起こった。そしてその記憶は、うまく表現の道が見つかるまで、私の中に残っていたのだ。あるいはしばしば、その詩の中に書かれていることはある程度まで、それが書かれたときの私の心的状況の反映である。というわけで、おおまかな言い方をすれば、私の詩はやはり私の短篇小説よりもパーソナルなものであり、それ故により「暴露的」であるのではないか。
詩についていえば私は、自分の詩であれ他人の詩であれ、物語的(ナラティブ)なものを好む。詩は、起承転結を持つ物語である必要はないけれど、それでも動きがなくてはならないと私は考える。生き生きと歩を進めなくてはならないし、そこには火花(スパーク)がなくてはならない。それはどのような方向にも、まったく自由に進むことができる。過去にも戻れるし、未来にも飛べる。どこかの草の生い茂った山道にそれることも可能だ。地球に留まっている必要すらない。星々の中に居場所を求めることだってできる。それは墓の向こうから聞こえる声で語るかもしれないし、鮭や野鴨や、あるいはバッタとともに旅をするかもしれない。しかし断じて静止的なものではない。それは「動く」ものなのだ。それは動き、たとえさその作動の中にミステリアスな要素が働いているとしても、前に進む力を内在したものでなくてはならないし、ひとつの物事は何かべつのものを示唆していなくてはならない。そこでそれは輝いていなくてはならない――あるいはとにかく私は、それが輝くことを希望する。
このアンソロジーに含めるのにふさわしいと編集者が考えた私の詩のひとつひとつは、その詩が書かれたときに、それなりの切迫性をもって私の人生にのしかかっていた。実生活における問題なり状況なりに関わっている。そういう意味合いにおいて、それらの詩は「物語(ナラティブ)」とか「物語詩(ストーリー・ポエム)」とか呼ばれてしかるべきものだと私は思う。なぜならそれは常に「何かについて」語っているわけだから。それらは「具体的対象」を持っている。それぞれの詩が語る対象のひとつは、それを書いていたときに私が何を感じ、何を考えていたかということだ。それぞれの詩は、ある特定の一瞬の時間を保存している。その詩を目にするとき、私はそれを書いたときの自分の意識の枠組みを見て取ることができる。今こうして詩を読み返していると、自分の過去の、おおまかではあるが嘘偽りのない地図を眺めているという、きわめてリアルな実感を得ることができる。つまりある意味では、それらの詩は私の人生をひとつにまとめる役割を果たしているわけで、そう考えると喜ばしい気持ちになる。
『浮き』はこのグループの中ではもっとも初期に書かれたものだ。ワイオミング州シャイアンのモーテルの一室で、よく晴れた六月の朝に書かれた。バークレーからイリノイ州ロックアイランドに向かう途中だった。その一年半あと、一九六九年の秋のことだが、私はカリフォルニア州ベン・ローモンド(サンタ・クルーズの数マイル北にある)に住んでいて、そこで『プロッサー』を書いた。私はある朝、父親のことを考えながら目を覚ました。その二年前に父は亡くなっていたのだが、その夜、私の夢の端っこのあたりに彼が現れた。私はその夢の内容を頭にしっかり留めようと努めたのだが、駄目だった。しかし朝になって父のことを考えているうちに、昔父と二人でハンティングに出かけたときの記憶が蘇ってきた。二人で猟をした小麦畑のこともありありと思い出した。プロッサーという小さな町のことも思い出した。夕方に猟を終えて家に戻る途中で、私たちはよくそこに寄って何かを食べた。プロッサーは、小麦地帯をあとにして家に向かう道筋で、最初に現れる町だった。そして私は突然思い出したのだ。夜、その町の灯火がどんな風に目に映ったのかを。それは詩の中に書いたとおりの眺めだった。私はその場でさらさらと、これという苦労もなく、それを書きつけた(それが私がとくにこの詩を好む理由のひとつであるかもしれない。しかし自分の書いた詩の中でどれがいちばん好きかときかれたら、私はこれを選ぶだろう)。その同じ週の数日後に私は『君の犬が死ぬ』という詩を書いた。これもまたあっと言う間に書き上げられて、それほど手を入れる必要もなかった。


ちなみに『プロッサー』は、こういう詩です。

冬になるとブロッサーの郊外の丘には二種類の
野原ができる。ひとつは新緑の小麦の畑、夜のうちに
一条の麦が耕作地にむっくりと顔を出し、
じっと時を待つ。
それからまたむっくりと持ち上がり、芽ぐむのである。
雁たちはこの緑の麦が好物だ。
僕も一度食べてみた。どんな味がするんだろうと。

それからもうひとつ、川にまでずっと刈り込まれた麦畑が続いている。
こちらの方はすべてを失った畑である。
夜になると、彼らは若き日を回想しようとするのだが、
その呼吸はあまりに遅く、不規則である。
暗い畝に沈みこんでいく彼らの命さながらに、
雁たちはこのうらぶれた麦もまた好物なのである。
そのためなら命だって惜しくない。

でもすべては忘れられていく。ほとんどすべてのものが。
それもあっというまに、ああ神様――
父親たち、友人たち、彼らは人生に現れては
また去っていく。何人かの女はしばらくは
留まるけれど、やはり行ってしまう。そして畑は
背中を向けて、雨の中にその姿を没している。
みんな行ってしまう。プロッサー以外は。

夜に何度も、その何マイルもの麦畑を車で抜けた
    ものだったが――
カーブのところでヘッドライトが畑をさあっと舐める――
その町、丘を越えながら見るプロッサーは明るく輝いている。
ヒーターはかたかた音を立て、骨の髄まで疲れている。
僕らの指にはまだ火薬の匂いがついている。
父さんの、顔はろくに見えない。彼は目をそばめて
フロント・グラスの奥をじっと睨み、そして言う、プロッサーだ。



つづきます。



   

~ Comment ~

8周年記念 

「デニム・・・」は8周年ですね。
ますますのご健筆をお祈りしています(*^_^*)

ありがとうございます! 

うめさん、おはようございます^^

>「デニム・・・」は8周年ですね。
ますますのご健筆をお祈りしています(*^_^*)

いつもどうもありがとうございます!
心身ともに健康で続けていきたいと思っております。
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