デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その11

 


今度は「レイモンド・カーヴァー全集」の第四巻『ファイアズ』の巻末に収録されている翻訳者・村上春樹による解説文を紹介しましょう。


〈エッセイ〉
『父の肖像』

初出は「エスクァイア」一九八四年九月号であるが、「グランタ」の同年冬号に『彼は何処にいたのか。父の思い出』という題でも掲載されている。一行一行翻訳をしているととくによくわかるのだけれど、無駄のない、実にしっかりとした文章である。自分の肉親について説得力のある文章を書くというのは決して簡単なことではない。結局のところ、文章の力によってどこまでその人物像を相対化できるか、そしてその相対化された像の中にどれだけどこまで自分の感情を編み込めるか、という微妙な勝負になるわけだが、そう言う意味ではカーヴァーのこの文章は見事なばかりの説得力を持っている。彼は父親と、書き手である自分とのあいだに、長すぎもせず短すぎもしない距離をきちんと設定していて、終始それが乱されることはない。彼は父親という人間の像を言葉では規定しない。彼は父親の人間性や生き方について何ひとつとして分析をしない。何も褒めないし、何も非難しない。何も持ち上げないし、何もひきずり下ろさない。彼は小さなエピソードをひとつまたひとつと、丁寧に積み重ねていくだけである。ひとつのエピソードは読者の前に差し出されて、ふっと消えていって、そしてまた次のエピソードがその前に差し出される。そしてそのような、一見なんということもないささやかな出来事の積み重ねによって、ひとりの「何でもない男」の肖像を読者の脳裏にありありと浮かび上がらせていくことに成功している。しかしそのような淡々とした静けさを通して、彼の抱いている情愛が読み手にひしひしと伝わってくる。だからこそ父親の死によって書き手の感情がふっと緩む最後の部分が非常に効果的に生きてくるのだ。

次は今シリーズの「その1その2」で紹介したエッセイについて書かれたもので『書くことについて』です。

一九八一年二月に『ストーリーテラーのうちあけ話』という題で「ニューヨーク・タイムズ・ブックレヴュー」に発表された。カーヴァーの小説についての考え方を知るにはうってつけのエッセイである。一人の小説家としてこのエッセイを読んでいると、「なるほど、たしかにそうだな」とひとつひとつ納得させられる。ジョン・バースをはじめとする実験的な作家たちからの攻撃に対していささか自己防御的になっている部分があることが気にはなるが(その気持ちは僕にもよくわかるけれど、そのような文章は結局のところ、多かれ少なかれ自己弁護的にならざるをえないし、それはカーヴァーの文章家としての優れた資質を曇らせてしまうことになるだろう)、言っていることはいちいちもっともである。基本的なものを書くという点では、とても役に立つエッセイだと思う。「作家になるには、とびっきり頭の切れる人間である必要もないのだ」と彼は言う。まったくそのとおり。
結局のところ、ベストを尽くしたという満足感、精一杯働いたというあかし、我々が墓の中にまで持っていけるのはそれだけなのである」これも本当にそのとおり。僕はよくこの言葉を思い出す。そして反省したり、あるいは励まされたりする。たぶんカードに書いて部屋に貼っておくべきなのだろう。


今度は、最近UPした記事(その8その9、その10)で紹介した 『ファイアズ(炎)』 です。

一九八二年の秋に「アンティーアス」と「シラキュース・スコラー」という二冊の雑誌に掲載された。またそれと前後してハーパー・アンド・ロウから出版された『存続しつづけるものを讃えて』というアンソロジーにも収録された。この題はカーヴァーの大学時代の先生であったジョン・ガードナーの言葉から取っている。つまり炎とは、作家になるために必要な「創造の炎」のことである。これがなければ人は作家になることはできない。しかし彼の中にあったその創造の炎は、二人の子供の面倒をみなくてはならないという現実の重みに少しずつ押しつぶされ、吹き消されていく。彼にはじっくりと腰を据えて小説を書くだけの暇が与えられないのだ。「私はそのような飢えた年月を通じて、欲求不満のために徐々に正気をなくしつつあったように思う」と彼はここで書いている。そして彼は酒に溺れ、現実に子供たちのことを敵として憎みはじめるようになる。そのような子供たちとの深刻ないさかいは最後まで彼を苦しませることになった。
彼がここで言いたいのは、我々の書くものがどれほど強く現実の環境に支配されているかということである。そのような現実的影響は(少なくとも彼の場合にはということだが)文学的影響なんかよりもずっと強いものであり、またあらがいがたいものである。彼が長篇小説というものを書けなくなってしまったのは、彼が子供たちに時間と精力を奪われ、仕事に集中することができなくなったからだ、と彼は言う。そのような生活が、彼の中から長篇小説を書くための炎を消してしまったのだ。彼はその悲痛な事実を混んだコイン・ランドリーの中で悟。そしてそれ以降は長篇小説の執筆をあきらめて、短篇小説と詩にしがみついて書きつづけることになる。
僕も彼の言わんとすることはよくわかる。僕には子供がいなかったけれど、最初の二冊の小説を書いたときには、自分で小さな店を経営していたから、文字通り朝から晩まで働かなくてはならなかった。夜中の一時に帰宅して、台所のテーブルに座って一時間か二時間の書く時間を絞り出すのがやっとだった。たしかにそういう風な書き方をしていると、長い小説は書けない。長い時間集中できないから、ストーリーも文章も分断されてしまう。とくにカーヴァーのような文章的な完璧さを目指す作家にとっては、それは本当に苦しいことだったと思う。
カーヴァーは自伝的なエッセイをあまり残してはいない。そういう意味でもこの『ファイアズ(炎)』というエッセイは、作家としてのカーヴァーの貴重な肉声であると言えよう。悲痛といえばたしかに悲痛な文章だが、自己憐憫に沈んでいかない率直な潔さのようなものが文章をしっかり支えている。

『ジョン・ガードナー、教師としての作家』

一九八三年に「ジョージア・レヴュー」に掲載された。また文中にもあるように、ジョン・ガードナーの『小説家になることについて(On Becoming a Novelist)』という本にも序文として収められている。僕自身は書くことについての教師をひとりも持たなかったし、そもそもの最初から何もかもを自分の力で学びとらなくてはならなかったのだけれど、この文章を読んでいると、たしかに若いころにこういうジョン・ガードナーのような教師がいたらよかっただろうなと思う。この文章で読むかぎりガードナーはかなり特異な教師であり、人物であるが、若き日のカーヴァーがガードナー先生の口にするひとことひとことを熱烈に受け入れ吸収していく様子がよくうかがえる。たぶん相性も良かったのだろう。

〈詩〉

詩についてはそれぞれの初出年と初出誌と収録されていた書名を記する。( )内の「 」が雑誌名であり、『 』が書名である。なおいくつかの詩は複数の詩集に重複して収められているが、ここでは最初のものだけを記述した。

『デシューツ川』(一九六七「ウエスタン・ヒューマニティーズ・レヴュー」、一九六八『クラマス川近くで』)
『永遠に』(一九六八「カヤク」、一九七〇『冬の不眠症』)


『二十二歳のときの父の写真』は巻頭のエッセイ『父の肖像』にも引用されているのだが、引用されている詩は、独立した詩としての『二十二歳のときの父の写真』といくつかの部分で異なっている。したがって訳も違っている。ご了承願いたい。
カーヴァーの詩については、詩の巻であらためて詳しく論じたいと思う。


〈短篇〉

『隔たり』

この小説は一九七五年の秋に「シャリトン・レヴュー」という雑誌に掲載された。その版は『怒りの季節』という短篇集(一九七七年・絶版)に収録されている。これは一九七八年に短縮して書き直され「プレイガール」誌に掲載された。その改変短縮版は『愛について語るときに我々の語ること』の中に『何もかもが彼にくっついていた』という題で収められている。ここに収録されているのは、「あとがき」にも触れられているように、オリジナルの長い方の版に基づいて書き直されたものである。長い方と短い方とどちらをより高く評価するかは、あくまで好みの問題だが、僕は個人的には長い方が好きだ。細部の書き込みがいかにもカーヴァーらしくて、それぞれの小さなエピソードがうまく生きているように思う。
ハイスクールを出てすぐに結婚して、そのまま子供を作った若い夫婦。彼ら自身がまだ子供のような年齢である。そして彼らはあくまで無垢である。でもその無垢さは、現実というくびきの下で急速に色褪せていくことになる。読者はその暗い日々の到来を予感としてはっきりと感じ取ることができる。しかし二人にはまだそれはわからない。いさかいやすれ違いがあっても、彼らは笑いあい、抱き合ってすべてを簡単に解決してしまう。この物語は二十年ばかりあとに、雪の日のミラノで、成長した娘に向かって回想として語られている。これは一言でいえば「鴨撃ちに行けなかった少年の話」ということになるわけだが、しかしこの物語の根幹にあるのは、銃で撃たれた鴨の姿である。この小説を読んでいると、死んでぐったりとした、血まみれの鴨の姿が無言のうちに浮かび上がっている。鴨がどれほど美しく、自分がどれほど鴨を愛しているかについて語る少年、しかしそれは彼が鴨を撃つことを阻止しない。「でも人生にはあらゆる種類の矛盾が含まれているんだ。そんな矛盾についていちいち考えていることなんてできやしないんだよ」と彼は言う。そして彼は夫婦で孤独にむつみあう鴨たちを、これという感興もなく殺していく。彼はそれを「人生の矛盾」という一言で片づけてしまう。そしてまた、その矛盾の中で彼の人生も少しずつ失われていくのだ。
私事で恐縮だが、以前ニューヨークに近いニュージャージー・ガーデン・ステート・パークウェイを車で走っているときに、死んだ鴨の夫婦の姿を路上に見たことがあった。低空を飛んでいるときに車にぶつかったらしく、きれいな姿で並んで死んでいた。そのときにこの小説を思い出して、可哀そうだけれど、まあ両方一緒に死ねてよかったのかなと思った。残された一羽がガーデン・ステート・パークウェイの上空を舞いつづけるというのはけっこう切ないものだろう。


『嘘』

この奇妙な小品は一九七一年に「サウウエスター・リテラリ・クォータリー」に掲載され、前述の『怒りの季節』に収録された。小説というよりは小説的スケッチという方が近いかもしれない。読んでそのとおりの話で、とくに付け加えるべきこともないのだが、妻の浮気を真剣に追求すべきときにトルストイの話をしてしまわざるをえない男の弱さが妙に身にしみる。

『キャビン』


これは一九六三年に「ウエスタン・ヒューマニティーズ・レビュー」という雑誌に掲載され、『怒りの季節』に収録された。『隔たり』における鴨と同じように、ハンターに撃たれて傷を負って、おそらくは助かる見込みもないのだろうが、それでもよろけながら必死に逃げつづける鹿の姿が、孤独な主人公の姿にオーバーラップされている。カーヴァー自身も、釣りはこのんだけれど、猟というものを(少なくとも成人してからは)あまり好まなかった人であったと聞いている。彼の小説においては釣りというものはいつもだいたいポジティヴに扱われているが、猟の方はネガティヴに扱われていることが多い。
この時期のカーヴァーの作品は救いのない孤独な感情を精密に描くことに力を集中させている。


このあたりは初期のヘミングウェイを髣髴させますね。

しかし彼はその孤独さを独白するわけでもなく、あるいは分析するのでもない。その寂寥感は解け残った雪や、高い空や、「心臓が止まりそうなほど冷たい」川の水や、置き忘れられた釣り竿や、鼻孔から白い粘液を垂らしながら逃げていく鹿の姿に託されている。

村上春樹さんの解題を読んでいると、改めてじっくりとカーヴァーの作品を読み直したくなってきますね。

つづきます。



   

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