デニム中毒者のたわごと

novel

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その9

 
前回の続きです。

一九六〇年代の中ごろのことだが、私はアイオワ・シティーの混んだコイン・ランドリーの中にいた。私は五回か六回ぶんの洗濯物をかかえていた。その大半は子供の服だったが、なかにはもちろん我々自身の服も混じっていた。私と妻の服だ。私の妻はその土曜日の午後は大学のアスレティック・クラブでウェイトレスとして働いていた。私は家事をかたづけ、子供たちの面倒をみていた。彼らはそのときには他の子供たちと一緒だった。誕生パーティーか、何かそういうのに行っていたのだ。でもとにかくそのとき、私は洗濯をしていた。そのとき既に、私はどこかの意地悪いばあさんと、私が使わなくてはならない洗濯機の数のことで言い合いのようなことをしていた。そして私はまたもう一度そのばあさんと、あるいは彼女の同類と、一戦交えなくてはならないようだった。私は混み合ったコイン・ランドリーで稼働中のドライヤーを、神経質にじっと見張っていた。もしどれかのドライヤーが止まったら、私は湿った洗濯物を入れたショッピング・バスケットを持ってすぐさまそこに走っていくつもりだった。おわかりいただけるだろうか、私はその店で洗濯物の山を抱えて、もう三十分かそこら、うろうろと順番待ちをしていたのだ。私は既に二つのドライヤーを逃していた。誰か別の人間が先に取ってしまったのだ。私はどきどきしていた。さっきも言ったように、私はその午後、子供たちがどこにいたのか覚えていない。私は彼らをどこかに迎えに行かなくてはならなかったのかもしれない。そして時刻はだんだん遅くなっていった。そういう状況も私の精神状態に影響を与えていたのだろう。私にはよくわかっていた。もし今洗濯物をドライヤーに入れられたとしても、服が乾くまでにはあと一時間かそこらかかるのだ。そして私はそれを袋に詰め込んで家に帰らなくてはならない。既婚学生用住宅の中のアパートメントにだ。やっと一台のドライヤーが停止した。そしてそれが停止したとき、私はその前に立っていた。中の洋服は回転するのをやめて、底に落ちてたまっていた。あと三十秒かそこら待って、もし誰もそれを取り出しにこなかったら、私がそれを取り出して、自分の洗濯物を入れてやろうと私は心を決めた。それがコイン・ランドリーの法律である。でもぎりぎりになってそのドライヤーのところに女がやってきて、ドアを開けた。私はそこに立って待っていた。その女はドライヤーの中に手を突っ込んで、何枚かの衣類を手で摑んだ。しかしそれらはまだ乾ききってはいない、と彼女は判断した。彼女はドアを閉めて、あと二枚の十セント玉を機械に入れた。ショックにうちひしがれながら、私は自分のショッピング・カートとともに待っている人たちの列に戻った。でもそのとき、涙が出そうなくらいの切羽詰まったフラストレーションの中で、自分がこんな風に感じたことを記憶している。二人の子供を持っているという事実に比べたら、この世の中で俺の身に起こったどんなことだって――そうだよ、冗談じゃなく、本当にどんなことだって――屁みたいなもんだし、意味のないもんだし、どっちでもいいようなことなんだ、と。そしてこけからもずっとあいつらと一緒にいるわけだし、こんな風に俺はいつも責任を負わされ、永遠に足を引っ張られつづけるという身の上から逃れることはできないんだ、と。
私は今本物の「影響」ということについて話をしている。私は月と潮の満ち干について話している。でもそれは本当に、出し抜けに私のところにやって来たのだ。誰かが窓をさっと開けて一陣の風が入りこんでくるように。そのときまで、私はこんな風に考えていた。正確にどう考えていたか細かいところまでは思い出せないけれど、だいたいにおいて物事というのはうまく行くものだし、自分が望んでいることや、あるいは自分がこうしたいと思っていることは、実現化されるものなのだと、そういう具合に。でもそのとき、コイン・ランドリーの中で、そんなことはまったくの嘘っぱちだと私は悟ったのだ。私は悟ったのだ――俺は今までいったい何を考えていたんだろう?――私の人生とはだいたいにおいてお粗末でケチな代物であり、混沌としていて、ほとんど光も通さないようなものなのだと。その瞬間に私は感じたのだ――私は知ったのだ――私が今身を置いている人生は、私が憧れている作家たちの人生とはかけ離れた類いのものなのだと。作家は土曜日をコイン・ランドリーで潰したりはしないのだ。そして目覚めている時間のすべてを子供たちのあれやこれやの雑用のために割かなくてはならないというようなこともないのだ。よろしい、よろしい、もっとずっと深刻な仕事への障害を抱えてやってきた作家が数多くいることは認める。投獄されたり、盲目だったり、いろんな形で拷問やら死の脅迫を受けてきたり。でもそんなことを知っていたって、何の慰めになるものでもない。その瞬間に――これは嘘偽りなく何から何までそのコイン・ランドリーの中で起ったことなのだ――私の目に見えるのはこの先何年もにわたって続くであろうこのような種類の責任と難渋のみであった。物事は少しくらいは変化するだろう。でも事態が本当に好転するなんていうことは決してないのだ。私はそれを理解した。しかし私にははたしてそんな人生を生きていくことができるだろうか? なんとかしなくちゃいけない、私はそのときそう思った。目標も引き下げられなくてはならないだろう。私は、後になって判明したことだが、真理を洞察していたのだ。しかしそれでどうだというのだ? 洞察とはいったい何だ? それが何の役に立つというのだ。そんなものがあったって、物事が余計にきつくなるだけの話なのだ。
長年のあいだ、妻と私は、一生懸命働いて正しいことをしようと努めていれば、正しいことは我々の身におのずから起こるものであるという信念にしがみついていた。それは人生を託すに足る信念である。ハード・ワーク、ゴール、善意、誠実さ、我々はそれを立派な美徳だと信じていたし、いつかそれは報われるだろうと信じていた。我々はその日が来るときのことを夢見ていた。でも、結局のところ、ハード・ワークと夢だけでは足りないのだということに我々は気づいた。どこかで、たぶんアイオワ・シティーあたりで、あるいはもう少しあとのサクラメントあたりで、我々の夢はこわれ始めたのだ。
私と妻とが神聖なものとして胸に抱き、あるいは敬意を払うに足ると考えていたすべてのものが、すべての精神的な価値が、がらがらと崩れさる日が到来し、そして去っていった。我々のあいだには見るも無残なことが起こった。それはこれまでまわりのどんな家庭においても一度も目にしたことのないような出来事だった。今何が起こっているのか、我々にはろくに理解することもできなかった。それは浸食であった。そして我々にはそれを止めることができなかった。どうしたことか、我々が目を離しているすきに、子供たちが御者台に乗り込んでいたのだ。今になってみれば気違いじみた話だが、子供たちが手綱を持ち、鞭を持っていたのだ。我々は、我々のあいだに起こりつつあったようなことが実際に起こるなんて、本当にこれっぼっちも予想することができなかったのだ。


もう少しつづきます。



   

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