デニム中毒者のたわごと

Literature

レイモンド・カーヴァーに学ぶ その6

 
今回は「出来事とその帰結を持つフィクション」と題するカーヴァーの文章を紹介します。

短篇小説は何より物語として面白いものでなければならない。物語としての強い推進力を有し、その登場人物に対して人間らしい感情移入ができる作品というに留まらず、言語の効果やシチュエーションや洞察が稠密で総合的である小説――つまり自分自身や世界に対する我々の視野をより大きなものにしたいという志を垣間見せてくれる作品に心を惹かれる。それなりの意味を持つやり方で私たち自身の人生についての証言を行う意義深い短篇小説――それこそが私の求めるものだ。
要するに、場合によっては私たち自身の人生のアウトラインをなぞりさえするような、リアリスティックな様式を持った作品(あるいはそれは「私たち自身の」とは言わないまでも、少なくともすぐ隣にいる人々--普通の、しかしときとして目を見張らされるような人生の諸事に関わりあいながら、私たちと同じく、限りある生と正面から向かい合っている大人の男女―ーの人生かもしれない)。
もっとも重要な要素は「生きるかたち(マナーズ)と生きる意味(モラルズ)」なのである。現実の生活に即し手に取ることのできる人物と動機とプロットとドラマを持った、出来事とその帰結を持つフィクションが(その二つは不可分なものだ)一般読者に訴えかけるのだ。永続的な力を持ち得るのだ。それぞれの作品の価値を考慮するとき、私はその作家がどれほど深いレベルで感情と洞察を働かせているかと自問する。素材に対して向けられた作家の「誠実さ」(トルストイの言葉であり、彼はそれを作品を判断する際の基準のひとつとして採用していた)はどれくらい強靭であり、一貫したものであるか。
優れたフィクションは、知的にも感情的にも意味を持っている。そして「重み」を備えていなくてはならない。最良のフィクションは、ヘミングウェイが示唆しているように、その物語を読者自身の経験の一部にしてしまうくらいのものでなくてはならない。そうでなくて、どうして人はわざわざ小説なんて読むものかと私は思っている。さらに言えば、そうでなくて、どうして小説なんて書くものか?
偉大なフィクションにおいて作品の人間的な意味性があらわになり、明白なものになるとき、常にそこには「認識の驚愕」がある。ジョイスの言葉を借りれば、物語の魂が、その「Whatness〈何であるかということ=本質〉が、見せかけの衣装の中から、我々に向かって飛び出してくる」わけだ。
トルストイはその著書『ギ・ド・モーパッサンの作品の手引き』において、才能とは「題材に対して稠密に集中された注意力を働かせる能力……他人が目にしなかったものを目にする才覚」としている。
私はこれに加えて「才能とは〈誰もが目にしてきたものを〉、〈より明瞭に〉、〈あらゆる角度から見ることのできる能力である〉」と言いたい。それが芸術なのだ、いずれにしても。
ご存じのように、グッドストーリーは、どんなときにも求められている。そしてそれらはすべて「明るい目的地」を持っている。
我々が望むのは読者が作品から心を揺さぶられることだ。ときによって笑ったり、身震いしたり、驚嘆したりすること――手っ取り早く言えば「動かされる」ことだ。場合によっては読者が登場人物の生き様に、わずかなりとも取り憑かれることさえ、我々は望んでいるのだ。


いかにもカーヴァーらしい物言いです。やはり何よりも求められるのは独自の視点と、「それ」をいかに語るかというヴォイスなのでしょうね。常に心しておきたいと思います。

つづきます。



   

~ Comment ~

おもしろいです。 

>短篇小説は何より物語として面白いものでなければならない

と仰るあなた(カーヴァー氏)も面白いです。

>そうでなくて、どうして人はわざわざ小説なんて読むものかと私は思っている

ほんまやで! 笑 (ここで笑ったら叱られるだろうか)
それがないのに読むのはないです。(へんな日本語)

独自の視点を持ち、かつ、自分の声として届く表現ができるかどうか、なんですね。(ほんと、いろいろ勘違いして生きて来た、と思います)

ためになるよね~ 

まおまおさん、おはようございます^^

>>短篇小説は何より物語として面白いものでなければならない

>と仰るあなた(カーヴァー氏)も面白いです。

ですよね。

>>そうでなくて、どうして人はわざわざ小説なんて読むものかと私は思っている

>ほんまやで! 笑 (ここで笑ったら叱られるだろうか)
>短篇小説は何より物語として面白いものでなければならない

と仰るあなた(カーヴァー氏)も面白いです。

>そうでなくて、どうして人はわざわざ小説なんて読むものかと私は思っている

ほんまやで! 笑 (ここで笑ったら叱られるだろうか)
それがないのに読むのはないです。(へんな日本語)

ほんまやほんま。叱られまへんがな(笑)

>独自の視点を持ち、かつ、自分の声として届く表現ができるかどうか、なんですね。(ほんと、いろいろ勘違いして生きて来た、と思います)

ハウスハウス。まおまおさんは、そういう資質をお持ちだと思っちょります。作品待ってますぜ!



それがないのに読むのはないです。(へんな日本語)

独自の視点を持ち、かつ、自分の声として届く表現ができるかどうか、なんですね。(ほんと、いろいろ勘違いして生きて来た、と思います)
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