デニム中毒者のたわごと

Literature

リチャード・ブローティガンを読む その13

 
前回のスピンオフとして、中上哲夫さんについて詩人仲間の関富士子さんが書かれた文章があるので紹介します。
        
路上の詩人 中上哲夫
 
関富士子

 いつも忘年会は一つか二つしかないのだが、今年も一つだけ。年に何回か飲んだり釣りをしたりしている連中の集まりである。場所はいつも町田だからちょっと遠いけれど、苦にもせずに行くのはただその仲間のうちの詩人中上哲夫が大好きだからである。

 中上哲夫はわたしが20代のころ、日本の路上派としてさっそうと登場し、白石かずこや諏訪優、天野茂典たちと頻繁にPoetry Readingを行い、「糞(シット)糞(シット)糞(シット)」と叫んでいた詩人だ。アメリカのビート詩人ギンズバーグやケルアックの紹介、翻訳など、精力的に活動するスターだった。

 とはいうものの、そのころ詩を書き始めたばかりだったわたしは、自作詩朗読どころか人の朗読を聴きに行く勇気もない内気な女の子だったから、その状況についてはあまり詳しくない。20年後に有働薫さんの紹介で、その中上哲夫と知り合うとは夢にも思わなかった。朗読もそのとき初めて聴いたのだが、つかえながらぼそぼそと読んでいてあまりの下手さに呆れたのである。

  ……
 片瀬西浜、膝、南東、オフショア
 稲村ケ崎、肩、南、オフショア
 いまでも目をつむると、深夜ひとりでラジオのサーフィン情報に
陶然と耳を傾けている男の後姿が浮かんでくる。抑揚のない、アナ
ウンサーのモノトーンな調子とともに。しかし、不思議なことに、
その当時の妻と娘の顔が思い出せないのだ。わたしが深夜放送を聞
きながら孜々として翻訳に励んでいたとき、彼女たちは別の部屋で
いったいなにをしていたのだろう。……

中上哲夫詩集『水と木と家族と』1996年ふらんす堂刊から「ビッグ・ウエンズデー」

 わたしは彼のことを、年上の女をパトロンにして悠々と詩を書き散らす永遠の青年というようなイメージを抱いていたが、実際の中上哲夫は、団地に住みサラリーマンとして妻子と親を養っている普通の五十男だった。詩人は華やかで自由に生きているように見えても、実生活はまったく地道である。翻訳は帰宅して夜の数時間をあてるらしいが、ブコウスキーのようにある程度売れる作品でもあまりお金にならず、報われないことが多い。詩人としても初期の路上派時代からいわゆる詩壇からも外れたまま、散文詩に転じたころから沈潜した年月が続いていたようだ。

  リチャード・ブローティガンを思い出す詩篇

  バスタブ・ポエット
  
  上の方が湯で下の方が水というのは
  なんともいえない気持だね
  ぼくは生前のブローティガンの居心地のわるさについて考えた
  だけどそれはほんの一瞬で
  湯がわいてきて
  下の水と上の湯がひとつにまざってしまうと
  ブローティガンのことは
  すっかり忘れてしまった

    中上哲夫詩集『スウェーデン美人の金髪が緑色になる理由』1991年書肆山田刊より

 知り合ったときはちょうどとぼけた長いタイトルの詩集を7年ぶりに出したばかりで、新しい活動期に入っていたころだと思う。闊達で風通しのよい、軽味も苦みもあるよい詩集だ。ブローティガンはたしか、80年代半ばに銃で自分の頭を撃って死んでしまったアメリカの詩人。

 呑み仲間としての彼は、駄洒落ばかりを連発して人を閉口させる気さくな人で、自信なげでナイーブな少年のようなところもあって、けっして偉ぶらずみんなに好かれている。賞を立て続けにとっている金井雄二も八木幹夫も、はじめは彼に才能を見出されたのである。彼らと飲んだ晩は、別れ際にわたしと若い金井雄二は、合い言葉のようにこう言い合う。
「さあ、これから帰って詩を書こう!」
 これは前記の詩集に辻征夫が書いた栞にある言葉で、若いころの中上哲夫が遊び疲れた帰り道によく言っていた得意の冗談だそうだ。

 ところが知り合って数年後に、彼はリストラにあってコピーライターの職を失った。それが原因か鬱病の長い長いトンネルに入ってしまって、人とも会わず詩も書かず大好きな釣りもせず、の時期が続いて、彼の駄洒落をこよなく愛する者たちにとっても辛い数年だった。エッセイや詩で建築現場の交通整理や、道端でコンビニの弁当を食べながら眺める蟻のことが読めるようになったのは最近のこと。彼に言わせると「ケルアックの『路上』の翻訳なんかしていたら路上労働者になってしまった。でもまだ路上生活者にはなっていない」というところ。


  Fisherman's Story

  5
  ダブリンの郊外に
  ジョイス川というのがあって
  そこでつりをしたひとの話では
  小さな川なのに
  複雑な流れをしていて
  フライの落とし所がむずかしかった
  という
  
  まるで意識の流れだな

中上哲夫詩集『スウェーデン美人の金髪が緑色になる理由』より

 その鬱病はこのところようやくトンネルから脱け出したかと見えるほど回復したようだ。彼は釣りの詩をたくさん書いているが、わたしがたまにいっしょに釣りをするようになったのはここ2年ほど。相模川の支流の小さい川で鮒を釣っている。とてもよく釣れる川で、みんな50、60と釣るが、わたしは2時間で2匹ほど。飽きるとひとりで上流を歩いて、川べりにしゃがんで鳥を見るのである。

 昨夜の忘年会で、彼は興味深いことを話していた。つい最近、詩を書いている最中に、被っている皮がすぽっと抜けるような、今までにない体験をした、これまで書いた詩は全部捨てる、これからまったく新しい詩を書くのだ、と言うのである。

 彼はあまり大言壮語を吐く人ではないから、それを聞いてとても嬉しかった。彼が翻訳しているブコウスキーだって、五十歳で郵便局員をやめて猛然と詩や小説を書き始めたのである。同席していた小池昌代さんが「それって鬱から躁に変わったんじゃないですか」というので笑えたが、わたしは彼の変身を見たい。ちなみにわたしはというと、女ブコウスキーになりたいのである。

 さて、そんな折も折、彼の最愛の妻が初めての詩集を出版したのである。その詩集『チボット村のチボさん』の跋文を夫である中上哲夫が書いている。
 この詩集でわたしがもっとも感動したのはこの跋文である。


詩人の誕生  中上哲夫

……それが始まりだった。
 それから、毎朝、起きると、こんなのができちゃったといって妻は原稿用紙を持って台所から現れ、寝ぼけ眼のわたしに向かって湯気の立つような生まれたての詩を読んだのだ。……

 佐野のりこは年齢的には成熟しているが、ビギナーという点では若いといえると思う。たぶん、それは生命現象のごときものであって、書くというよりも生まれるという感じがするのだが。……

 突然佐野のりこが書き出し、半年間書きつづけた詩篇には疲弊した現代詩には見られない生命の輝きのごときものがあると思う。そして、それこそがこの詩集の手柄だと思うのだ。……

佐野のりこ詩集『チボット村のチボさん』の跋文より


 内輪の人間をほめてどうするとからかう声もあるだろう。もちろん彼の跋文と、詩集の評価とはまったく別の次元のものだ。しかし、とわたしは思う。ふつう自分の奥さんのことをこんなふうに称えることができるだろうか。かつて家庭内に創作するものが二人以上いるとどちらかがつぶされた。高村智恵子はそのために気がふれた。

 そんな大袈裟なことではないけれど、詩人どうしのカップルというのはけっこう多い。それだけ甘い世界なのかもしれないが、書けなくて苦しんでいるそばでいともやすやすと書いてしまわれて、長く詩人をやってきた人が穏やかでいられるはずがない。中上哲夫の奥さんもすてきだなと思うけれど、彼女をこのように語ることができる中上哲夫はなんていい男だろうと思うのである。もっとも彼は彼女の詩を生命現象のようなものと言っている。佐野のりこには彼を詩人として本気で嫉妬させるような詩を書いてほしいのである。

確かに中上哲夫さんって、リチャード・ブローティガンとカブリますね。

つづきます。



   

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