デニム中毒者のたわごと

Literature

リチャード・ブローティガンを読む その7

 
満を持して今回は藤本和子さんの寄稿文を読んでいただきましょう。
「夢と失意を両手に」です。

詩人、作家としての自分の位相をブローティガンがどう考えていたかを知るには、『芝生の復讐』の中の「相棒」という話にある言葉がよい手がかりになると思う。

 アメリカの場末の映画館に坐っているのがわたしは好きだ。そこでは人々は映画を観ながら、エリザベス王朝風の流儀で生きそして死んでゆく。マーケット通りには四本立てが一ドルで観られる映画館がある。いい映画かどうか、それはどうでもいい。わたしは批評家ではない。ただ映画を観るのが好きなだけだ。スクリーンに映画が映っていれば充分だ。その映画館にいるのは黒人、ヒッピー、老人、兵士、船乗り、それに映画が現実と変わらずリアルだから映画に話しかけるという天真爛漫な人たちばかりだ。
「だめだ! だめだよっ! 車へもどれ、クライド。ああ、なんてことだ、ボニーが殺される!」
わたしはそういう映画館の寄宿詩人であるが、それでグッゲンハイム奨学金がもらえるだろうとは思っていない。


一九七六年五月、ブローティガンとわたしは神田でてんぷらそばを食べて、それから千鳥ヶ淵あたりまで歩いてみたことがあった。『西瓜糖の日々』が出たすぐあとのことではなかったかと思う。



『西瓜糖の日々』はとても美しく、キュートでありながら、ビター風味の佳作です。たしか小川洋子さんも相当入れ込んでいたんじゃなかったかな?(実際この作品こそブローティガンのナンバー1だと公言する作家や著名人は多いんじゃないかと思います)。

彼はいった。
――なになには、なになにだ、と断言する人はぼくは苦手だなあ。そういう人とは、どういう会話をしたらよいものか、見当もつかないよ。なになには、なになにだ、と断言する相手に対しては、ぼくはいつも同じ言葉をいうことにしているよ。
――なんて、いうの。
――ぼくはそういう観点からはものを見ないんでねえ、というのさ。それでおおかた会話は終わるね。
――しつこくされたら、どうするの。
――酔っぱらったふりをする。相手は、なんとでたらめなヤツ、とあきれ顔で行ってしまうよ、たいていは。


パブロ・ネルーダは「ぼくは何も答えをだしにきたのではない。わたしがここにやってきたのは歌をうたうためだ」といったが、ブローティガンも歌をうたおうとしていた人だった。小さな人々の小さな生について。あるいは小さな人々のとてつもなく偉大な生、滑稽な生、いたましい生、不条理な生、微かな銀色の光りをはなつ、不可思議な生について。

――雨ばかりの、暗いタコマの空の下で、詩や物語を書こうと思うようになったのは、いつ?
――散弾銃を手にして、ぼくはよく鹿狩りにいったんだ。でも、とつぜん狩猟がいやになってね。退屈なある日、図書館というところへ初めて行ってみたよ。そこで文学というものがあることを発見したのさ。びっくりしたな、あのときは。
――もっとも深い影響を受けた作家なんていたの?
――イサーク・バーベリだった。


誰だったけ? ほかにも敬愛する作家で、バーベリにものすごく影響を受けたひとかいたんだけどなあー。

ブローティガンの口から、バーベリの名前が飛びだしたことが、わたしには少し意外だった。でも、意外と思うのも浅はかなこと。グルジア出身のユダヤ人作家一九三〇年代後半の粛清で逮捕され、どこかの強制収容所で病死したとも、射殺されたともいわれているが、かれは何よりもまず、「物語る」作家だった。かれは文学とは「描写する行為のことだ」といったそうだが、その考えは、ブローティガンの、やはり物語ることを書くことの根底においていた態度と通じている。

――あなたが生まれそだった太平洋岸北西部へ帰ってみることはないの?
――ない。
――ご家族は?
――ずっと会ってないし、これから先も会う気はないんだ。

彼の書いた物語と彼の実際の体験を混同するのは愚かなことだが、それでもたとえば『芝生の復讐』に描かれている世界は彼がサン・フランシスコへ出てくる以前の暮らしをかなり映しだしていることは、話しているうちにわかってきた



『芝生の復讐』の世界には、すでに見終わった夢のあとに生れてきたかのように、墓がたくさんある。たとえば、インスタント・コーヒーの瓶と空のカップとスプーンが「葬式のように並べてある」し、煙突をみれば、それは「死んだようなギザギザの煙を空中に吐きだしている墓場みたい」に思えるのだった。そして雨。『芝生の復讐』では、いつも雨ばかり。だからフロリダからやってきた男は、「人々が林檎をたべ、雨ばかり降る土地に、永遠のオレンジと陽光という夢」を戸別訪問で売っていたし、語り手の祖父は、「自分は六歳で、いまにも雨が降りだしそうな曇り日に、母親がチョコレート・クッキーを焼いていると思い続けた」狂気のひとだった。「一九五二年、わたしは十七歳で、太平洋北西部にいて、雨ばかり降る暗いあの土地でさびしくて不安だった」、「いまにも降りだしそうな、黒いみそっ歯の歯痛の空」、雨のトレイラーの中で貧困のどん底にあるような男と女と少年の三人が一緒に小説を書いていた。
あるとき雨の中、語り手はウィンチェスター銃をかついで、ヒッチハイクでひとりで鹿狩りに行くが、人間はいないはずの山林の中で突然一軒の掘立小屋のような家を発見する。小屋のまわりには何台もの古自動車や木の伐採機具がほったらかしにされて、転がっていた。あたりは暗くなりかけているのに、家のたったひとつの窓には明かりも見えない。ただ煙突から重そうな煙が出ていた。そこへ、九歳ぐらいの男の子が家から駆けだしてきた。その中では四六時ちゅう風がふきあれているのではないかと思えるほどに、その髪はぼうぼうだった。つづいて、男の子の妹三人も家から出てきた。子供たちは靴をはいていなかったし、上着も着ていなかった。そんな姿でざんざんぶりの雨に打たれつつ、粗末なポーチに、黙って立っていた。妹たちの髪も魔女のそれのよう、親の姿も見えない。横倒しになったトラック、ドラム罐、錆びたケーブルの切れ端、黄色の犬。子供たちはもうぐしょぬれだ。「ポーチの上の彼らは沈黙のなかにじっと身を寄せあっていた。これが人生だ、とわたしは思わずにはいられなかった」


『芝生の復讐』はボクにとってもブローティガン作品の中で一番の位置づけにあります。藤本さんが紹介したエピソードは中でも特に印象に残っていますし、ブローティガンの特徴がよく表れていると思います。

黙示のような光景が雨の木立の向こうにあった。それをブローティガンは、呪われた地、と呼んだ。「自然が人間とミニュエットを踊っていた。もうふたたび戻ることがない、あるいは戻りたいとも思わない別の生活の長い長い歳月」と呼んでいた。
『アメリカの鱒釣り』の主人公が人生最初の鱒を釣りあげようと、意気込んででかけていったクリークは、近づいてみたら、白いペンキを塗った階段だった。かくてアメリカの鱒釣りの第一歩は失意の体験だった。そのようなむごたらしさが、ブローティガンの世界にはあふれている。しかし彼が描いた世界にあったのはそれだけではない。むごたらしさを一つの極とすれば、もう一つの極は恍惚や満足や希望さえ表している世界だった。『鱒釣り』の「クールエイド中毒者」は、脱腸で苦しむ男の子の話。貧しい子供たちは夏の間畑で働き、いんげん豆をつんでわずかな現金を手に入れたものだったが、その子は脱腸で働けなかった。手術する金もなかったし、脱腸帯を買う金さえなかったので、その子はじっと家にいて、クールエイドという、自然の材料はまったく入っていない、もっとも安価な清涼飲料水を飲むことだけを楽しみにしていた。それも通常の量の二倍の水でうすめて作った。砂糖を入れるべきなのに、砂糖はないから、入れないで飲んだ。だからそれは「理想的な濃度の影にすぎなかった」ような飲み物だった。しかしその子は、自分で作ったクールエイド世界でしあわせだった。恍惚と幻想の、ゆたかな世界にいたのだから。それもまた黙示のような光景だった。このようにブローティガンは片手に失意をもち、もう片手には夢と幻想と喜びをもっていた。そのような二重性を背負うなら、物語る以外に何ができよう。彼の最後の作品となった『すべてが風に吹きとばされてしまわないように』(晶文社版のタイトルは『ハンバーガー殺人事件』)は、彼が帰るつもりのなかった時空の物語だった。そう、すべてが風に吹きとばされてしまわないうちに、書きとめておかなけれぎならなかったもの。その物語には水辺にトラックから下ろした家具をならべて、居間であるはずの場所を掃除したり、台所であるはずの場所で夕食を作っては釣りをしている中年の夫婦が登場する。ブローティガンはその世界では、まだ人々は夢を見ることができた、という。そして彼はその夫婦の家具が闇の中に浮びあがるのを、じっと見つめる。すると夫婦の声が聞こえてくる。


――あの子はどこへ行ったのかね、母さん。
――きっともういないんでしょう。
――家に帰ったのかもしれないな。


そうだったのかもしれない、とわたしも思う。ブローティガンは帰って行ったのかもしれない。雨と墓場の太平洋北西部へ。夢で結ばれていた友を誤って銃で撃ってしまった少年のいた土地へ。彼は短銃で自殺したと報道されたが、それは自殺でもなく、事故でもなかったのだろう、とわたしは思う。それは失意と夢が手をとりあって、わたしたちの視界から去っていく、自然の過程のようなものだった、きっと。

やはり藤本和子さんの文章は愛に溢れているなあ~。良かったら『リチャード・ブローティガン』も併せて読んでいただけたら……と切に思います。



つづきます。



   

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