デニム中毒者のたわごと

novel

リチャード・ブローティガンを読む その2

 
谷川俊太郎さんインタビューの続きです。

[瞬間の詩人]

彼は言ってみればアメリカで不遇だったんですね。そういうことは彼の心の中にずっと尾を引いていたような感じでした。最後に会ったのは、フランスに行ってその後東京に来た時かな。フランスですごく歓迎された、それからフランスの批評家がいい本を書いてくれて、自分を持ち上げてくれたって喜んで意気軒昂だった。僕に記念に詩を書いてくれたのを覚えてるんだけど、あれですごくセコイ字を書く人なんですよ。大男としては信じられないくらいちまちました字を書く。その時僕にくれたのがこれなんですよね。(mark chénetier“Richard Brautigan”)



僕はこの本は拾い読みしただけなんだけど、彼のことを「瞬間の詩人」ってこの人は捉えてる。僕はそれは腑に落ちたんですよ。僕は彼の詩、というより小説の方を多く読んでたんだけど、やはり一時期とても魅力感じてたんですよね。自分の書いた物の中にも彼の影響があるという気がしてるんです。たとえば『詩めくり』なんていう本は相当ブローティガンっぽい所があるし、彼の方法に無意識に影響受けてる気がします。



彼の作品は、現実生活の経験に基づいてはいるんだけど、そこからひとひねりして虚構の短い場面を書くっていうのかな、そういう書き方で詩が書けるっていう感じね。僕はもちろん、それとは別に虚構で詩を書くことを前からやってきてたんだけど、ブローティガンの詩の短かさとウイットを日本語でやれないかと思ったんじゃないかと思う。短かい所が日本人の詩の感受性に合ってるんですよね。日本人は何しろ俳句、短歌の国民だからさ。ブローティガンが受け入れられたのはそういうこともあるからだと思う。たとえば長大な大河小説とか、いわゆる小説の概念からはちょっとはみ出したものだと思うんです。詩と小説の中間にあって。だからアメリカでは異端に見えたんだろうと思うんですけどね。日本ではそんなに西洋の大小説の伝統みたいなものはないから、詩的なものとして受け入れやすかったんでしょうね。
このフランスの評論家の「瞬間の詩人」という言い方はすごくよくわかったし、自分にも共通のものがあるという感じがしましたね。だけど彼は東海岸の文壇みたいな所では全然無視されてて、死亡記事にも出てるけど、ほとんど認められなくて、新作なんかも薄っぺらなもんだって言われてたらしいのね。


このあたり、デビュー当時の村上春樹さんを髣髴させますよね。春樹さんがブローティガンやヴォネガットにシンパシーを抱いていたのも分かるってもんです。

だからフランスで評価されたのがすごく嬉しかったんだと思うけど。でも、日本では彼には一貫してファンがいたと思うんでか。だから日本を頼りにしてたんじゃないかと思うね。でも、彼自身の生い立ちや気質から来るものだと思うんだけど、本当に日本の作家なんかと深くつき合うことはできなかったような気がします。
凄く薬飲んでるんです。病気の話を綿々と聞かされたこともあったけど英語だからさ、よく分かんなくて、でもとにかく深刻なひそひそ声で、「おまえにだけは打ちあけるけど、俺はこれこれ難しい病気で……」みたいな今にも死にそうなこと言うのね。だけどワインがぶがぶ呑んでるわけじゃない? この死亡記事は一九八四年十月二十六日のものなんだけど、その時僕はちょうと朗読旅行しててカリフォルニアにいたんです。時々英語の新聞を買ってて、たまたまみつけたんだけど、やっぱりショックでした。モンタナでなくボリナスっていう所で死んで何日か経ってから見つかったらしいのね。友達が心配して見に行ったら死んじゃってた。一人で住んでたのかな。日本人の奥さんがいたんだけど別れちゃってたんですよね。僕は彼の世話をちゃんと焼くいい人だったと思うんだけど、女出入りの話はいろいろ聞かされて、こんがらがっちゃってわかんないんだよね(笑)。とにかく自分で扱いかねている物を抱え込んでたのは確かね。だから読んでるとハッピーな作家みたいに見えるけど、実際には全然そうじゃないんですよね。喋ってると、自分はどんなに苦しいか、というのを絶えず訴えかけてくる人だった。日本語で喋ってればもっと細かい襞なんかわかったんだろうけど、英語だったから、こっちもアメリカの詩人ってこういうもんか、というふうに傍観者的にしか見られなくて全然力になれなかったなという感じがする。
最後に会った時かな、西ドイツのファッションモデルの取材をしてるって言ってたね。それについての本を書くんだって。その本は時できたのかどうか知らないけど、その時聞いた話でおかしかったのは、皆ものすごいきれいでスタイルもいいわけでしょ、なのに彼女達は例外なく自分の容貌にコンプレックスを持ってるという話。


[アメリカの文化のあだ花]


僕は彼の作品を浅薄だって片付ける気はない。ある鋭さがあって、ただ抒情的にきれいとか幻想が魅力的だというだけじゃないものがある人なんだけど、それを息長く重層的に書くことはできなかった人だと思う。

おそらく、ここにも反面教師としての影響を春樹さんに及ぼしているんじゃないかな?(もっと言うと高橋源一郎さんにも)。だからこそお二人はやがて重層的に息長く書き続けることを選択したのだと……。

そういう所がアメリカ人に気にくわなかったのかな、というのもあるし、彼は明らかにヒッピーと同時期に出てきて、いわゆるヒッピー達がもてはやした人間でしょう。ヒッピー文化自体が下り坂になっちゃつたという時代の動きも関係があると思うんです。
ユーモアやウイットもあるし、明るい側面もあるんだけど、基本的には根暗な人だという気がするね。だから人に向かって語りかけるのなんか苦手みたいでね。自分の価値を自分で作ろうとしては壊し、結局うまくいかなかったみたいなさ。だからものすごい成功した作家なのに、全然自信がない人だったような気がするんですね。
寺山の葬式の詩は、彼は自発的に書いたんじゃなかったかな。あれはなかなかいい詩だと思います。僕は寺山の葬式の時に彼が来てたって知らなかったんだけどね。後で詩を読んでみたら、いろいろ服装とかに気を使って葬式に来るのね。前書きが彼らしくて面白かった。すごく人を傷つけることを気にする側面があるんだよね。だけど女に対してなんか僕は全然いい加減だったんじゃないかと思うんだけどね。
日本を尊敬してたって感じがするのね。日本の風習なんかになじまないと悪いという気がしてたんじゃないかしら。だから変に日本人に対して恭々しいんです。
彼の捉えたアメリカは、主流のアメリカとは大分違うという感じがしますね。東部と西部は全然違うというのは行ってみるとすごく実感できるしね。ブローティガンは西部に属してたというのははっきりしてると思うんですよ。いわゆるアカデミックな所は全然なかったわけだし、だからああいうアメリカは一種あだ花だったんじゃないかなという感じはしますね。そこでアメリカがある程度開かれたということはあると思うんですけどね。ブローティガン自身を通して見ると、あの時代はアメリカが自分を見失っていた時代で、不安でふわふわ浮いていた面が少なくとも西部にはあった。アメリカというのはすぐ元に戻って自信をつけて、また自信がなくなって……って繰り返してて、子供っぽくてそこが魅力なんだけどね。
同じようなヒッピー文化に属してても、ゲイリー・スナイダーなんか全然違うんですよね。ゲイリーは確固としたアイデンティティをちゃんともってて、組み立てるでしょう。彼も短かい俳句みたいな詩も書くけど、そうじゃない詩もいっぱい書いてるし、ブローティガンみたいにふわふわ頼りないというところが全然ない。だから同じヒッピー文化に属してても全然違う人達がいるのはすごく面白いけどね。ブローティガンの頼りなさ、はかなさが日本ではウケたんじゃないかな。スナイダーなんかそういう感性があっても、そういうものを思想として構築できてる人っていう気がするのね。ネイティブ・アメリカンの文化とか、仏教とかいうものをちゃんと勉強して、彼はもともと文化人類学やった人だから、自覚的に何かやってるところがあるでしょう。ブローティガンはそういうことはなかったんじゃないかな。ただ、アンテナで感じとってそれを独特なスタイルで書いてるだけで。そういう頼りなさとカウボーイみたいな巨大な体の組み合わせが面白いね。(1991.11.29)

ちなみに谷川さんが仰ってたブローティガンの詩(寺山修司さんの葬式に際しての詩)とは、こんな詩です。

All motion is just another way of stopping

The future that always
ends itself by being
the future again
returns always to be
the past again

Richard Brautigan
Michi Tanaka home
here in Tokyo
on a May night


あらゆる動きは止まりかたの一変形にすぎない

未来はいつも
ふたたび未来となることで
完結し
帰ってゆく、いつも
ふたたび過去となって

リチャード・ブローティガン
ここ東京の
田中未知の家で
ある五月の夜
1983年

(谷川俊太郎訳)


なんとなく、マーク・ストランドの詩を連想してしまいます。

谷川俊太郎さんインタビューはこれで終わります。

でも、ブローティガンの話はつづきます。



   

~ Comment ~

へえ! 

ご無沙汰です、まおまおです。

おもしろいインタビュー記事ですね!
去年谷川さんのお話を聞いていたので、声や話し方が蘇ってくるような気がします。
ブローティガン氏は日本との交流がけっこうあったんですね。アメリカでは穏やかとは言えない生活ぶりですけど……。
寺山修司さんためのお葬式の詩、めっちゃいいですね。へえええ。ってなりました。小説はいくつか読んだことがあるけれど、詩は未体験でした。
ぜひとも読むべきだ……自分。

しかしながら、「ただ抒情的にきれいとか幻想が魅力的だというだけじゃないものがある人なんだけど、それを息長く重層的に書くことはできなかった人だと思う。」の部分になるほど、そうなんだな、うん、と思いました。

お待ちしておりました! 

まおまおさん、おはようございます^^

>ご無沙汰です、まおまおです。

こちらこそ。

>おもしろいインタビュー記事ですね!

ねっ。

>去年谷川さんのお話を聞いていたので、声や話し方が蘇ってくるような気がします。

そうでしたねー。

>ブローティガン氏は日本との交流がけっこうあったんですね。アメリカでは穏やかとは言えない生活ぶりですけど……。

ええ、ちょうど自分の東京時代とカブるので、もしかしたら……なんて考えるのは楽しいです。

>寺山修司さんためのお葬式の詩、めっちゃいいですね。へえええ。ってなりました。小説はいくつか読んだことがあるけれど、詩は未体験でした。
ぜひとも読むべきだ……自分。

うん、読むべきだ!

>しかしながら、「ただ抒情的にきれいとか幻想が魅力的だというだけじゃないものがある人なんだけど、それを息長く重層的に書くことはできなかった人だと思う。」の部分になるほど、そうなんだな、うん、と思いました。

そうかもしれませんね。でも、いつまで経っても気になる人物です。
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