デニム中毒者のたわごと

Literature

吉田知子という不思議びと その42

 
庄司さんの著作も残り二章となりました。
今回は「『お供え』をめぐって」という章です。

『お供え』には七つの短編が収められているが、一部は〝雪乃〟という共通の女性名がでてくることによって、連作のおもむきもある、好短編集である。
作風は明らかにぼくが好み、期待するほうへ旋回していて、ふざけ半分に言えば、〝お化け〟の話ばかりである。
それに連作を思わせるあたりににじむのは、いわゆる私小説的な基本があることで、そのことは、二十年前に書かれた『蒼穹と伽藍』の諸作との深い地下茎による連続をしのばせ、ぼくにとっては非常に気持ちがよく、作家としての好ましい持続であると思われるのだ。
私小説という言い方には断りが必要だと思うが、これは現在の文壇史のなかを流れているような私小説観とは、全く異なった別のもののつもりである。ああいう私小説観は〝私〟に対する考察と認識の不足からくるもので、深いところでは、文芸そのものの定義までいいかげんにしている証拠であろう。それを訂正しようとする批評家の現れないのは、ぼくにはふしぎな現象としか見えない。文学は〝私〟から出発しなければならないし、〝私〟から出ていない声が、他人の読者を感動させられるはずがないのである。このことは改めて別の場所で論じたい。
さて『お供え』の諸作だが、以前に読んだときには「艮」が一番すぐれていると思った。吉田知子は空想と現実、自分と他人のような絶対に交わり合えないと思われるものを、ふんわりと横滑りさせるというか、混淆させるというか、が出来る名手であり、彼女の小説の面幻妖さはそのあたりから匂い立つのだが、こんど読み返してみたら、「艮」は最初のときほど良いとは思えなかった。「艮」は山へ逃げこんで山狩りの対象になっている一家皆殺しの殺人鬼の意識と、自分の家族に不満でたたき殺してやりたいと思っている男との夢想とが、エレキ波のように、小説の空間で合体する小説のように読んでいたのだが、今度は両者の時間的なずれ、主人公のいる場所のずれのところで、微妙にひっかかった。老婆の言う、


――困るんだわね、男ってのは。ときどき頭がおかしくなって、わけのわからんことをするから。

という言葉がキー・ワードになっているようで、途中と最後とに二度でてくる。上の十畳で寝ているはずの男は、この最後の時には床の下から同じ老婆の声を聞いている。男の分身が聞いているのだろうし、男はすでに赤ん坊を投げ殺し、手斧で女と老婆をたたたき斬っている。そのことは山でオワレテいる男と同じものとして寝ている男の体内を渦巻いている。
やっぱりいい小説だなあ。読んでいて身体がぞくぞくしてくる。小説を支えているのが、吉田知子の女らしい感性とその緻密さであることに感嘆する。なにを描写するにしても、一つ一つの細部に具体的に丁寧にふれてゆく。少年のはいている半ズボン、だふだぶの白シャツ、手にもっている紙、母親の猫女に渡そうとして、客に気づいた視線の動き、ズボンの上にはみだしたシャツ。


――おじさん、こんにちは、と言った。丸顔で目の大きいところ、手足がむやみに細いところが猫女に似ている。ぶかぶかのシャツの上からぐっと握ると中には空気しかないのではないか。

「お供え」は川端賞をもらった作品だが、そんなにすぐれているのかなあ、ぼくには疑問だ。
平凡な未亡人が、ふとしたことから神様に仕立てあげられてゆく話である。その、ふとしたことが、実は、書かれていない。

ボク個人としては吉田さんがそう仕上げている以上、当然あえて書かなかったんだろうと想像するんですけどね……。

神様の側から見たお供えの光景だという選評の文句があったが、そんなものは一度しか使えないありふれたテクニックであろう。太宰は「猿ヶ島」を書き、横光は「神馬」というのを書いているはずで、何れもこの手だが、生涯に一度しか使えなかった。





小説というのは、意外なほどきびしいロジックに支えられているもので、井伏が作家志望の若者の原稿にある松の影の移動ぶりのでたらめさを指摘した有名な話があるほどだ。同じことで、この作品に欠けてはならないのが、〝ふと〟の証明であるとぼくは思うのだが、そんなものはなくとも、そのあとの状況を描くだけで、〝ふと〟の茫漠は推測できるとする説も成り立つであろう。選者の誰もがそのことにふれていないところを見ると、ぼくは素人流の読み方をしているのだろうか。このこだわりは、おろす気になれない。門の両側に気まぐれにふと置かれた最初の花でさえ、きっかけとしての〝ふと〟に充分に該当すると言われれば、黙って引き下がるしかないが。

なあーんだ、結局引き下がるんですね(笑)というか、ボクは既に庄司さんの読みを殆ど信用していないので(もちろん傾聴すべきものも無くはありませんでしたが)、頷ける態度ではあります。

その点にかかわることだが、ひとり暮らしのひとを調査してまわる市役所の職員、牧の言葉は、結末への伏線としては、強力なラインを引いていると言えよう。

――あなたのような方は、一見おだやかで平凡そうに見えるが実は稀に見るほど強い人なのですよ。家族も仕事も友達も趣味もなく、外出も旅行も嫌い。それにもかかわらず毎日少しも退屈せずに満足して暮らしておられる。

もう一つの転換は、選者の誰かが指摘しているように、次の箇所であることに違いはない。雨戸になにかがあたる音を主人公の女は聞いているのである。その音はあとで、賽銭として投げこまれたものが当たるのだと判ってくるのである。

――そのうち音がしなくなったのでまた少しまどろみ、八時過ぎに起きた。まず雨戸をあけて庭を見たが別に変ったことはない。風もほとんどなかった。少し曇った日だった。顔を洗い、塩昆布でお茶漬けを半杯食べると、もうすることは何もなかった。どうしてだろう。寝床であの小さな軽い音を聞いていたとき、急に、「もうすることは何もない」とわかったのだった。いままでそんなふうに考えたことはなかったので、それはふしぎな感覚だった。いいことなのかどうかということもわからなかった。

ここのところが、神様への変身の転向点なのだろうが、わかるような、納得できないようなへんな気分である。そんなところで認めてしまっては、いけないような気分がぼくのなかにはある。庶民が神を作るということには、もっと強力な潜在性の動機が必要な気がする。
ぼくは単純な男だから、むしろ「海梯」の明快さを好む。主人公の私が伯母の死を聞いて、遅まきながら香奠をさげてお参りにゆく話である。私のいるところが、吉田知子の住んでいる浜松というわけでもなかろうが、そこから四時間というと、丁度ぼくがいる木更津市あたりだから妙な気分で読んで行った。作中に真っ先にでてくる鉄の橋、天へ向かって回廊のように突き出している潮干狩り用の鉄橋が、木更津にも小説そっくりにそびえているのである。
私はいとこの良とこの橋をのぼってゆく。まわりの柵の鉄柱には落書きがある。一本一本に、


・オサムのまぶたを愛している
・オサムの鼻を愛している
・オサムの耳を愛している


というようにずーっと書き連ねてある。
私は、例の色の黒い、太り気味のさえない、しかしよく見ると器量よしの女の子のような気がする。綾という名前になっているのも、「門」とのつながりを思わせる。
私は良と結婚していたかも知れない。ちょっとした行き違いさえなかったら。
私は伯母の家に入ってゆく。その前に良は、へんな表情をうかべて、どこかへ行ってしまう。座敷にあがってゆくと、死んだはずの伯母は生きているようだ。隣室の仏壇に線香をあげにゆき、中に良の位牌があるのを見つける。もう六年も前に良はオサムと車に乗ったまま海へとびこんだと分かってくる。伯母は私が良の嫁になるはずだった。そのために指輪も渡したと責めるように言い張る。玄関があいて、誰かが入ってくる。良の声のようでもある。
以上の物語りを読み終わって、良の死んだことが、伯母の死と間違えられてふるさとの街へ伝えられたとは、とても思えない。私は伯母のところへ駅から電話をかけ、迎えにきたのが良であることから考えると、良と伯母とのあいだには連絡の回路があることになる。とすると、伯母も良も死んでいるのであって、私は最初から死者たちの国に招かれていることになる。すると、玄関に入ってきたのは誰だろう。良と声の似る可能性のある伯父は、とっくに死んでいる。いや、死者の世界なら、叔父が現れることもあり得る。いや、死んだのはやはり伯母であって、架空の物語りをつくりあげ、良の嫁になってくれなかった私へのうらみを、その架空の世界にひきこむことによって晴らそうとしたのだろうか。
そのあたりのもやもやが、生者と死者とをつなぐ世界の存在、一期一会の生というものと、それらをつないでゆく血と、想いとの具象化という作者の観念、それは一種の情感として吉田知子をどっぷりと浸しているはずで、その深く、生臭く、暖かい感情は確固とした意志に裏打ちされているはずで、そのことが吉田知子の作家としての資質を屹立させ、また恐らくは執筆への衝迫となって彼女を動かしていることに、ぼくは感動する。これこそぼくの考える〝私小説〟への道であり、私小説というものの本質である。
もう一つの見落としてはならない観点は、〝性〟への洞察であろう。吉田知子の殆どの作品ににじみでているのは、人々を抜き差しならない場所へ追いこんでいる〝性〟の存在である。良はオサムと情死したのであって、その強いきずなはオサムと妻とのそれを越え、良と伯母とのそれをも越えている。その熱っぽさは、オサムの肉体を細分化して鉄の柵に貼りつづけなければならないほどの昂揚を示しており、良によって私という女へ誇示して見せるほどの深いかくし味となって「海梯」全体に浸透しているのである。その意味を追究するだけでも、一編の吉田知子論が書けるだろう。
『お供え』に収録されている作品のなかで、最も難解な小説と思われる「逆旅」のなかにも、こんな挿入部がある。私がへんな家の集まりから抜け出して、電話をかけに走ってゆく場面である。


――鐘が鳴る。どこで鳴っているのか。手入れしない茶の木は三メートルもの高さの壁になっている。それ以外は何も見えない。私は水気のない乾いた暗緑色の中の点になる。埋まっていく。男が垂直に錐を突き立てる。ゆっくりと静かに確実に。私はそれを見ている。礼を言うべきかどうか考えている。小さな声で言ってみる。男は、ア、と短く声を出し、ふしぎそうに私をみつめる。さっき投げ捨てた自分の靴下をはく。背中が鋭く盛り上がっている。電話の声は掠れていた。

こうやって見てくると、「祇樹院」「迷蕨」「門」「海梯」は吉田知子流の私小説ではあるまいかと思われてくる。
何故かと言うならば、各作品に共通するなにかを探しだせばいいので、それはすでに指摘したように、登場人物の名前の共通なことだけでもいいだろう。〝雪乃〟とか〝綾〟だけで充分だろう。連作ではないのかと言うのなら、いくつもの部屋や階段が錯綜する広大な屋敷のことをあげてもいいが、十畳の間が二つ、つづきになっているという描写を、いろいろの作品の中に捜し当てるだけでも、推理の足がかりになるだろう。すると、「艮」だってそうではないかということになりかねないし、事実、そうなのかも知れない。
「祇樹院」は、行ったはずのない場所の記憶が、主人公である私のなかに、次第に立ち上がってきて、前世の記憶のように私を染め上げる話である。幼い私は、川遊びで、蛇岩の上から幼い子を突き落として死なせた、そのことは故意に消された記憶として、私のなかに眠りつづけていたのか、目の前にある現実の風景のなかに、私が幻想として組み上げた物語りであるのか、分からなくなってしまう。
「迷蕨」はワラビとりにでかけた私が、ふしぎな祭事にまきこまれる話である。ワラビが植えられたように沢山ある原っぱのなかで、私は鉄条網の有刺鉄線らしいものを地面から引っ張りあげたり、またいだりする。しかしそれは、なにかの境界を越える儀式に合致してしまったようで、私は老婆と会い、連れられて祭りに参加してしまう。そこには癌でなくなった伯母や、名前を知っているだけの幼くて死んだ姉たちがおり、なんだお前かと、よろけてきたので助けおこしてやった老爺に言われるような人々の集まりである。女山伏がなにかをやっている。帰ろうと思うのに、だんだん中心に押しだされてしまう。なにか言えと皆からせっつかれているうちに、自然と「帰らにゃならん」とくちが動いてしまう。人々の輪の一角がくずれてあく。そこをぬけて階段をおり、林のなかの道を歩きはじめるのだが、長いみちのりである。


――こうやってわけもわからずに百年歩いている、と思う。

「門」は、祖父の菩提寺のとなりにある生家を訪う話である。そこには嫁に行きそびれたおこうさんが、嫁入り道具と一緒にまだ住んでいる。寺との関係はすでに絶たれている。私、綾はおこうさんをたずね、家の中を見せてもらう。二間つづきの十畳がある。部屋数が三十もあるこの家の階段は、複雑な位置と関係にあって、よくわからない。畳みはぼこぼこになり、根太はぬけそうなので、用心して歩かねばならない。私の回想のなかに祖母や母が現実の姿を現してくる。私は迷ってしまったこと、階段は決して見つからないだろうことに気づいてくる。

この短編集は確かに粒ぞろいで面白かった記憶があります。改めてまた読み返そうかな。

この章はここまでです。

つづきます。



   

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