デニム中毒者のたわごと

Literature

吉田知子という不思議びと その38

 
「『蒼穹と伽藍』をめぐって」の続きです。

まあ、いいだろう。何のために小説をかくのだと聞かれて、答えられる者がいるとは思えない。売文を目的としないで小説をかくひとがいることは確かで、ふつうは自分のために書くなどと言われているが、自分のためという意味が、どのようにでも解釈できるけったいな代物で、正直のところ、言い表しようがないので、ごまかしているだけのことだろう。サドに対する吉田知子の評価にしたところで、悪を信じていようがいまいが、書くということとは別の問題で、ましてや大衆を破滅させるために書くなどという論法は、いいかげんな論者たちと五十歩百歩の推論であって、吉田知子の若書きに違いはないのである。
要するに、そういう生き方しか出来なかったというより他に仕方がなく、いろいろな生き方を選んで、たいして悔いることもなく死んでゆくのが、ひとみなお化けたる所以であろう。
ところで「仏間」のほうだが、オバケはウメだけではない。その母親、私から言うと祖母のマサが娘に輪をかけた幽霊であって、長男の征を生み、夭折させてから幽霊になってしまったというのである。征は実在の子供たちより成長がおそく、七歳くらいでそれも止まってしまう。その子は別の世界にくらしていて、マサはその面倒をもみているらしく、


――「ああ、泣いてる。またやり損ねた」
昼間でも、そんなひとりごとを言って、すうっと影が薄くなることがある。


という次第なのだ。
オバケは母方ばかりでなく父方にもいて、祖母の丁子は狐の化身であったと私は言う。その子供は五人いるはずなのに、一人がどうしてもわからない。乳母をした五人の女たちははっきりしているし、この伯父から私は世界各地の土産物やクリスマス・プレゼントをもらっているのに、戸籍上にも名が残っていない。正にオバケである。
祖母が狐である証拠は、私が一緒にねたときに股の間に足をいれてあたためてもらった、そのときの毛の感触や、体臭、祖母の寝顔などから断定してゆくのだが、それが子供の視線にうつった老いの姿であろうことは、すぐに分かる。
問題はそうしたふしぎよりも、わが家系のなかにオバケの血脈をさぐろうという主人公私の意図、或いは成長の後の回想に違いないこの小説のなかでの私の固執が、なにを目的にしているのか、という問いかけはおかしかろう、なぜオバケの血がほしいのだろうという質問に代えたほうが適当かも知れない、何故だろう。多分、ぼく流に勘ぐれば、自分のなかにある面妖、不可解な心情、思考の部分を、そうした理由づけのなかで笑い飛ばそうという気持ちからではなかったろうか。小説を書こうという血のざわめきなど、その一種であって、自己肯定の一変型としてでもとらえなければ、どうなるものでもなかろう。「仏間」の終わりは、それにふさわしい落ちになっている。
私はやっと階段を登りきって部屋に入る。叔母のウメはすでに鏡台を使って化粧を落としており、私は見物する。叔母の顔はひょろりと顎がのびて膝に届きそうになったり、ちぢんでキノコ型になったり、頬にヒゲのようにしわが生じたりする。〝なにを熱心に見てるの、いやな子〟と叔母が言う。


――「いつまで遊んでるの、叔母さん。私、待ってるのよ」
私はウメに声をかけた。ウメは肩をすくめた。
「だって、あんたのその三つもある眼で、そんなにじっと見られてちゃ、どんな顔したらいいのかわかりゃしないじゃない」
と、ウメはいった。


この落ちは見事だし、巧妙だが、同時に作品を軽くしているような気がする。それまでに緻密につみあげてきたオバケの系譜が、音をたててくずれたような気がする。せめて、私の顔はのっぺらぼうにしたほうがよかったのではなかろうかというぼくの意見は、作品を読んだひとにはかなりの説得力を持つのではなかろうか。この作品と、後に『お供え』の中に収録される類似の作品群とのへだたりは、この結びをつくる力量の落差のなかにふくまれているような気がする。それが年輪というものであり、成長というものであろうと思う。

「厨房」は「仏間」のマサのところを拡大したというか、マサと丁子という母方父方両方の祖母の姿を合体させたと言ったらいいのか、そうした趣がある。厨房を守る嫁である私と、六人の失われた子供の話である。胎児のままか、生まれても最高一月半ほどしか生きなかった六人は、厨房の天窓のところに顔だけひっかかって下を見下ろしている。そういう構図だ。
養父は闘鶏にこっており、鶏の一羽一羽に死んだ子供たちの名前をつけている。いや、養父は鶏の名前のほうが先で、同じものを子供たちにつけただけだと言う。義母のこと、行方不明の夫のこと、三十九にもなっ子供並の義弟のこと、義姉のおぶんさんは無理に行かず後家にそせられたようである。この家では、生まれてくる者も、死んでゆく者もなく、ただ消滅するだけだという。
すこし毛色は違うが、「厨房」と「仏間」には共通している何かがある。血の系譜といったもの、言い換えれば、この作品集のなかの莫れに沿うように言うのだが、外側の夢幻の世界から、次第に私の身内、その周辺へと作者の視線が向けられているという思いが、強くぼくのなかに湧き出してくるのである。
それがどうしたと言われると困るようなものだけど、お化けや幻の世界が、外界にあるというよりは、むしろ自分の中、自分の血のなかに存在するという意識の変革、自己への目覚め、自分という不透明なものへの覚醒と認識に沿って、作者の筆が動いているようにぼくには感じられる。
この伝で言えば、「鵠」と「逆旅」は、私個人についての物語りである。次第に自分を中心とする世界に視線をむけてきた作者の思いが、終に終末の自己に辿りついて、自分の血肉をわけて忍びこみ始めたのだという気がする。二作のうちでも殊に「逆旅」は、自分の成長史しか書かれていないと言ってよいほどに、私のなかに沈潜しようとしている。そのために作品はモノローグに近づいた形になり、幼少時代の回顧という色彩を濃くしてゆく。
私と、私の部屋のすみになんの血縁もないと思われるのに居座ってしまった老婆との対立という図式は、もうこれまでに何度出てきたかわからないほどだが、ここから少年少女時代に入ってゆく成り行きも、ヨネコという少女名も、すでにぼくたちには馴染みになりすぎているといった感じである。最後の場面を彩る雛げしの野原一面の黄色も、なんと「ユエビ川」の終わりに出てくる情景に似通っていることか。
改めて外界から身内を経て、私という一個のなかに辿りつこうとする吉田知子の姿勢の変転を、この一冊『蒼穹と伽藍』のなかに読み取れる思いがする。
ただ、「鵠」と「逆旅」という、家屋の構造をはなれた題名から意図的に外してつけられたタイトルのこの二作に共通するものと言えば、単に〝私〟一個のなかにもぐりこんだ内容というだけのことではない。
この二作に示されているのは、吉田知子の小説、に対するあからさまな方法意識の開陳であろう。瑣末的な実技を提示する意味では、「鵠」のほうに判然と述べられていると思う。


――なんにしても、ゆめはゆめ、おのれの裸身ひとに見せる気はさらさらない。真赤な嘘のほうが真黒のまことより見よいのも世の道理なり。噓に嘘を重ね、嘘をかけ、嘘の自乗参乗、どこまでいっても嘘の花。その中に真実が仄見えた、などと言ってもらいたくはない。わかっている、もう言わなくてもよい、そこまで脱ぐこともなかった。やさしげにしたりげに耳もとで囁く声を聞くと思わず全身に悪寒が走り、そいつの顔の皮をむしりとってやりたくなる。


これに対して「鵠」のほうは、破れかぶれの小説作りと言っていいだろう。
なにも書くことがなくて、えい、ままよとペンを下してみたという書きっぷりである。それだけに逆に吉田知子のしたたかさがにじみ出てくる。
「鵠」は尻取り話である。まず鵠というところに住んでいる男が、鵠という名前だったという始まりがある。
鵠に引っ越せとすすめる話になる。
鳥の頭をもった神さまの話になる。

――いまは、この神さまは、いない、いない。いない、というのは死んだ、消えたという意味ではない。
「いないも の」として存在している。


こういう論理のすすめ方と逆転というよりは、認識というべきだろう、いないということは存在することだ、この感じが吉田知子の発想のベースである。そして、二つのことの存在、表裏という連想から、次の話がでてくる。
不潔にも二種類あるという話になる。消極的に汚れてゆくという形と、積極的に汚してゆくという形を、姉と次姉とにふりわけてゆく話。
次は、不潔のなかに座っていて、ふと視線を感じる話。このへんな予感、空想、幻想も吉田知子のベースだ。
この不安からさめる感じと風呂あがりの感じが共通している話から、母が私を風呂に入れるチャンスの捕らえ方が天才的にうまい話になる。
母と別居している話になる。
風呂で垢をおとす話から女ばかりの学校の話へ。
気が向かない話から、私の中にある〝気〟と〝虫〟の話へ。虫はすぐピンピンはねるので、私は喧嘩ばかりし、絶好状ということになる。


――こんなことを何十枚書いてもしょうがないなあ。これが嘘っ八だったら私は平気で何でも書いてしまうのだけれど、すべて真実のことであるのがいけない。気が詰まる。めいる。
陰々滅々。
ドボン。
何の音だと思いますか。お寺の池へとびこんだのです。


といった調子で、しょうがないと言いながらまたまたつづき、次第に自分の欠点を洗いざらいあげていくという文脈につながってゆく。先に引用した〝なぜ葡萄は性的か〟という文章もこの中にでてくる。それらを引用してゆけば、吉田知子の心情を語るのには好都合かも知れないが、ぼくには興味がない。
ドボン。
ダカラモウヤメヨウ。書くということは、白状することではない。白状しているようなふりをすることだろう。続かなくて困ったら、ドボン、と言えばいいのである。このぼくの文章だってそうやってきた。ドボンの大部分は、吉田知子の文章の借用と引用である。だから、「鵠」の最後の一行のように、


――もういい、と思った。

と書いて、いつでも終わりにできるのである。そして思う。もういいだろう。読みたいひとは、捜し出して読むだろう。読みたくない奴は、本をリボンつきで贈呈したところで、読んでくれるはずがない。


それを言っちゃあおしめいよおー! ですね(笑)

『蒼穹と伽藍』は、要するに、吉田知子を知る上での宝庫である。この作品のなかを右往左往すれば、解明のための殆どの鍵が見つかるだろう。
そして、ぼくは「仏間」を傑作として推したい。ウソに違いなかろうが、ウソのなかの私が一番よく出ていると思われるからだ。
やはり小説は〝私〟に執するものでなければ、読者の感動を誘いだすものにはならない。〝私〟についての疑義がたくさんあり、〝私〟を表現する方法にいろいろの要素やテクニックが含まれてくるところに、問題があり、実作者としては研究工夫の余地があるだけで、小説道というのは、ある意味では、単純明快であるとぼくは解したい。

何言ってんだか分かりませんね(笑)

「仏間」が一方の極とすれば、「鵠」はその対極に位置するものだろう。一種の無から有を生んでゆく方法だろうから。こういう試みをやったことのない作家を、ぼくは信用する気になれない。これが昔流に言えば、日本橋のどまんなかで、すっぱだか、大の字になるということであろう。作家になるための志としてそのことは言われたのだが、近ごろではとんと口にするのを聞いたことがない。それにつれて、小説はどんどん面白くもおかしくもないものになってしまった。活字つきの紙の束として、眺め終われば、ゴミ箱に放り捨てられ、せいぜい再生紙としてトイレにでも使われるしかない代物になってしまった。小説はこれでいいのか、というのは、かつて佐古純一郎が吐いたありふれた名文句であるが、現代こそそれ以上の、小説はこれでいいのかの時代であろう。

なんか腑に落ちませんね。立場を代えて、そっくりそのまま庄司さんに返したい気分です。

この章もこれで終わりです。

つづきます。



   

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