デニム中毒者のたわごと

Literature

吉田知子という不思議びと その37

 
「『蒼穹と伽藍』をめぐって」の続きです。

「しがらみ厠」の主人公私は、まあ、ウンコだな。ウンコそのものではないのかも知れないが、ウンコをする人間というとふつうのひとになってしまうから、ウンコとつながり合っている私の話と言えばいいのかな。丁度、走る人間が、足人間であるような意味に於いてである。そして、この作品も足人間から出発しているというわけだ。
この作品は、傑作,快作である。恐らくこれを書き終えたときに、吉田知子のなかのなにかがはじけ飛んだのではないだろうか。それは、小説の技法というものとも連なるわけだが、それ以上の気持ちの居座り、勝手にしやがれと居直った太々しさではなく、自信というやつ、それは、便器にまたがった人間のようなものだ。あとのことは、知ったことではない。ウンコは自然に生まれるであろう。
第一に、歌がいい。歌がでてくるのがいい。これでも歌なのが、いい。

絶賛ですね(笑)一体何が庄司さんを突き動かしているんでしょう。
「歌」からボクが連想したのは、筒井康隆さんの「熊の木本線」です。



あるいは「世にも奇妙な物語」でご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんね。

――〈犬は四本足よ
ムカデぁ、百本足よ〉

――〈蝶は六本足よ。たこは八本足よ。いかは十本足よ〉

――〈馬は四本足よ
ムカデぁ、百本足だよ
われ人、二本足よ〉


こんな歌がそちこちにばらまかれている。最後のはしめくくりの歌で、足人間は歌いつづけ、走りつづけて息たえだえ、〈わが肉、鎮まれ〉の呪文をとなえながら小部屋にとびこむ。

――私。肉ならざるもの。花々の間に、どっかりと鎮座しているものは、とぐろを巻いた巨大な代物にならなかったのである。

これで終わりなのだが、まず歌う私、祖先が飛脚であるところの〝走り人間〟から話を進めなければならない。
この小さな部屋に納まるまで私は走りつづけていた。これでもう判ってしまったが、この小説はぐるぐる廻りの小説なのである。小さな部屋、つまりトイレから出てまたトイレに帰ってくるまでのお話。
私は女らしい。私は走っていた。いつから走りだしたのかわからない。自分は由緒正しい飛脚の血をひいているのではないかと考えながら走りつづけている。
そこから走る形についての説明が始まる。駿足であってはならない。新商売を始めるような頭があってはならない。生ある限り走るのが飛脚商売だ。小部屋に満足しても、止まってはいけない。いつだって出て行ける覚悟がなければならない。
都会は人糞のにおいがする。どの家にもそれぞれの糞臭がある。
私は男と寝る。
私はビルの中の酒場にゆく。そこの女に、〈ウンコの話、おきらい?〉と聞く。酒場でトイレを借りようとするが、すべて男用らしい。
私は安アパートの一室にいる。男とまた排便と小部屋の話をする。私はまた走りはじめている。カニババと走る話と、男との会話が混線する。肉の壁にとじこめられる。はてしなく登って、頂上から今度は外側を降りてゆく。古ぼけたペンシル・ビルの入口には、立看板がでている。〝上手な排便があなたの運命と健康を左右します〟その他。
また走りはじめる。なじみの歌声が聞こえてくる。〈馬は四本足よ〉。声はかすれ、とぎれがちである。


――わが肉、鎮まれ。
わが肉、息たえよ。
呪文を唱え、私は、なつかしい小部屋にとびこんで戸を閉めた。


一巡する話の輪をつなぐのは、出たとこ勝負の議論や逸話、出会い、会話であり、足の数をかぞえる歌声である。
この作品自体に重い意味があるようには、ぼくには感じ取れない。むしろ野放図さの獲得のほうが重大であろう。幾つかの話題を並列させたり、小さな共通点によってひとくくりにすることは、吉田知子のお家芸だが、「生きものたち」や「日常」のような律儀な組み合わせをすててしまったところに、この作品の存在意義はあるような気がする。

「標本室」が次ぎの作品だが、ここでは再び、尾、掌、腿、耳といった挿話の集積というお手の内なる方法に帰ってはいるが、「しがらみ厠」で得られた男と女のどろりとおどんだ関係の把握法は、ここでも手慣れた感じで使用され、この空気はこのあとにつづく吉田知子の作品の主要部分を占める、いわばお得意の芸となって花開いてゆくようにぼくには思われる。
更に言うならば、このあたりからそろそろ家族という他者が出現しはじめるのである。特に、母。そして登場する子供は、常に夢見がちのひとりぽっちの性格である。子供は幻想、或いは夢想のなかにおぼれがちであり、周辺にいる大人たちは、へんに自分勝手であり、子供を無視して自分の生活にのめりこんでゆく。これも吉田知子の作品にしきりに登場するおなじみのパターンとなるものである。

「地下室」はこの本のなかでは、かなり重い小説の一つ、次の「仏間」と優劣を争うような作品ではないかとぼくは思う。ただぼくは「仏間」のほうが好きだし、吉田知子の本領はこの方にあるのだと信じている。
「地下室」は、見られるということにかかわる二つの挿話から成り立っている。筆法としてはだから、一つのポイントを置き、連想から並立させてゆくという、いつものやり方だと言えようか、それらの一つ、一つが如何にも濃縮されて重みをもっている感じなのだ。
まずでてくるのは、手だれの和裁職人である畸形の娘が、子供から眺められていることを理由に川へ入って死のうとする話である。
当然の事、彼女は、その子と、子供の父親から助けられるのだが、母親とともに子供の家に礼にきた娘の、白い流し目が光って見えるような私へのささやきは鮮烈である。何故そういう行為に走ったかについて、彼女は言う。


――「教えてやろうか。……あんたが見てたからだよ。あんまし熱心にいつまでも見てたからだよ」

思えば吉田知子には、死とは他人から自由に眺められることだ、とする随想があった。その不快と苛立ちを形象化したようなのが、この作品の前半分である。
後半は、男たちに関心を持ってもらいたいために、自分を自殺未遂の経験者に仕立てあげる娘の話である。
クリスマスの晩に、誰からも誘われない娘は、同居している友人のもつ毒薬を服用して死のうとする。いや、服毒死したふりをしようとする。びんの中身は窓の外へすて、遺書を書いて死んだふりをしている。
友人がボーイフレンドと帰ってくる。男はびっくりして電話をしに飛び出そうとするが、友人の恵子はとめる。彼女はびんの中身を砂糖に代えておいたので、本当になめたのなら判るはずだし、死ぬはずはないと種明かしをする。

――「そんなこと、わからないよ。それだけ思いつめているときに、そんな冷静な判断ができるものか。彼女は真剣だったんだよ」
誰かが恵子にそう言うのを聞いたとき、私は急に蒲団の上に起きあがって泣きだしました。泣くしか形がつかなかった。


そうした三十年前の話のあとにも、私がひとつも真実を述べなかったことには、とっくにお気づきでしょうというように書かれている。
このあとにも、私がいるのは二十五階のてっぺんだと言いながら、実は地下室であるというウソツキの反転が設置されている。「地下室」はウソツキ女の物語りというわけだ。
「仏間」はある種の傑作であると言うことができよう。ある種などと限定を加えるのは、この作品はこれきりのものであって、そのあとにつながるとか、左右上下に拡大してゆくとか、そういった形での継続を期待できないような気がするからだ。
ただ、同じグループの作品はこれからも吉田知子によって、時々気まぐれのように書かれるのではないかという気がする。なぜならば、「仏間」は〝落とし話〟或いはファルスに違いないとぼくは信じるが故にである。ファルスは、ファルス作家がいて、次々に生み出されるようなものではないとぼくは考える。むしろ逆の、甚だ生真面目な作家が、まじめに書いているうちに、どうしても羽目を外さなくてはいられない気分に落ちこんで、一挙に八方破れとなる、そんな状況のときに奇跡のように生まれるのが、ファルスであるとぼくは思いたい。だから、作者自身の意志だけではどうにもならず、そこに神の手のようなものがふっと力添えして、思いもかけなかった作品がひょっこりと生まれでる。そんなものではないだろうか。
吉田知子も、ここに集められたような作品を書きつづけているうちに、ふっとどこかがはじけてしまったのであろう。そうぼくは思いたい。「仏間」は仏間らしく、出てくるのはみんなユーレイかお化けという小説なのである。


ここんところ庄司さんは「信じたい(or信じている)」とか、「思いたい」とかの文言をやたらと使っていますが、かなり固定した――つまり以前にもまして偏向した――視線で吉田作品を捉えるようになっているようです(別にそれを否定しませんが、こちらが額面通りに受け取る必要はないでしょう)。改めて感じるのは、いずれにしても、かなり思い込みの激しい方のようだということです。

本来この作品は、私の一族の血の系譜を書こうというほどの意図から出発したのではなかったろうか。そういう作品はほかでもたくさん書かれているし、いや、だから書く必要はないなどとは言えない、書けば、堅実な作品ができあがるに違いないのである。
しかし、それだけでは気に入らないというのが、ある種の作家たちが直観的にいだくところの反骨、或いは臍曲がりのすねもの意識なのであって、傑作が書けそうだということそのものが、我慢がならないのである。そこで、この緊密な血の結合と構築とを破綻させるなにかはないだろうかと模索しはじめる。そして、書き出しの数行が、天啓のようにひらめいたときに、この作品はもう出来あがったも同じことだった、というようなことではなかったろうか。


――私の母方の叔母はウメという。ウメは、お化けであった。親戚一統それを知らぬものはなく、よちよち歩きの幼児までが「お化けのおばちゃん」と呼んでおった。べつに目が一つというわけでもないのに、どうしてか、見た人必ずウメをお化けと知るのであった。

ウメがお化けであるのは、彼女の顔色が鉛色であり、時々その上に無数のヒビ割れが入ったりする点にある。と言って、不美人なのではなく逆の器量よしで、その妖艶さに法事の席で老僧が取り乱したりするほどだ。甥や姪とも仲がよく、佐一などはウメに会うやたちまち羽織の中に呑みこまれてしまうという仲のよさである。葬式の席でさえ同じことがおこり、羽織ひとつになったそこから、なまめかしい忍び笑いがもれる。

作品の最後にでてくる挿話、私が早く二階にあがろうとあせっても、先に鏡台を使いたいウメの魔法で、登れども登れども階段にきりがなくて、いいかげんにしてよ叔母さんと私がどなると、魔法がとけてやっと二階の部屋に行くことのできる場面があるが、考えようによってはこれらの現象、叔母の風貌などは、私という子供の視線にとらえられた叔母の姿なのであり、階段がのびる話にしても、子供っぽい空想と妄想の所産でないわけではない。いわば、子供の世界はいつもお化けの世界だということも出来るのである。そのあたりの微妙さをとらえたのが、手柄であると言えばいいのか、空想と現実のはざまというのが、生きていることの真実だというように、吉田知子が考えているあかしであると言いたいのだろうか。或いは「ものみなオバケなり」の小説的表現であると言えばいいのか。
しかし問題なのは、こういう面白さや作者の境地から、なにかが生まれてくるだろうかという疑問も、わいてこないわけではないところにあろう。いや、「ものみなオバケなり」をいま再び開いて眺めていて、厭な文章を見つけた。見事にぼくは足許をすくわれ、尻餅をついた格好である。サドを読み、ブリューゲルを見て人々が口にしがちな言葉が、先回りして軽蔑的に記されているのである。


――「彼はその廃頽的な著述を通じて逆に人間の美しさを言おうとしたのだった」という手品の種明かし的論文や「彼の作品には善と悪と美と魅力がある」などというどうでもよいような評論が書かれるのである。「彼は悪を信じていた」とか「単純な大衆を破滅の淵に導くために一生を費やした」とは決して言わない。そんなことは夢にも考えはしない。全く、初めからちゃんと結論は出ているのである。

まさに、この『吉田知子論』を著した庄司さんの喉元に突き付けられた匕首のような言葉ですよね。

この章、更につづきます。



   

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