デニム中毒者のたわごと

Literature

訳の分からない読後感――『活火山の下』2

 
今回は新訳を紹介します。表紙には斎藤兆史監訳、渡辺暁山崎暁子 共訳とあります。

斎藤さんは、以前紹介したデイヴィッド・ロッジの『小説の技巧』を柴田元幸さんと共訳されていますね。他にもナイポールジョン・バンヴィルなどの作品も訳されているようです(この二人の作品も追って紹介するつもりでいます)。

渡辺暁さんも、山崎暁子さんもまた、興味深い作家や作品の翻訳をされていますね。いずれ紹介する機会もあろうかと思います(リンクを貼った渡辺さんの論文もかなり読み応えがあります――本作の読解にももってこいですね)。

さて……、せっかくですから、新訳の解説も紹介しましょう。

本書はマルカム・ラウリーの長編小説Under the Volcano(一九四七年)の全訳である。底本としては、一九六二年に出たペンギン版を用いた。



作者ラウリーはイギリスの作家である。一九〇九年、裕福な綿花仲買人の四男としてチェシャー州のニューブライトンに生まれた。八歳のとき、寄宿制の私立初等学校に入学、さらにケンブリッジの近くの私立中等学校に進学した。ハーマン・メルヴィルやジョゼフ・コンラッドの海洋小説を愛読し、海に憧れていた彼は、大学進学を前にして極東への船旅に出た。このときの体験は、本作中に登場するヒューの人物設定のなかに生かされている。またこの船旅の最中にラウリーは多量の酒を飲むようになり、これがのちのアルコール依存症の引き金になったと言われている。言うまでもなく、本作の主人公たるジェフリー・ファーミンのアルコール依存症は、作者本人の体験を元にして描かれている。この船旅ののち、ラウリーは二十九年に当初の予定どおりケンブリッジ大学に進学し、勉学のかたわら創作を手がけるようになった、この時期、彼はアメリカの小説家コンラッド・エイケンの影響の下に自伝的小説『群青(ウルトラマリン)』の執筆に取りかっている。その草稿自体は在学中に完成したが、この小説が最終的に出版されるのは一九三三年のことであった。
一九三四年、ラウリーはユダヤ系アメリカ人のジャン・ゲイブリエルと結婚し、本作の舞台となるメキシコに移り住んだが、この地で彼のアルコール依存症は悪化、二人の結婚生活も破局を迎えた。そののち、四〇年に女優上がりのマージョリー・ボナーと再婚してカナダのブリティッシュ・コロンビア州のドラートンに居を構え、その献身的な介護の下でそれまで書き進めていた『火山の下』を完成させた。もともと彼は、ダンテの『神曲』に匹敵するような作品を書こうとしていたらしく、本作は「地獄篇」に相当するものとして書き始められたらしい。彼は同地でさらに創作にいそしんだが、生きている間に形になった主要作品は、結局先述の『群青』と本作のみである。一九五七年、彼がイギリスのサセックス州に滞在中に死去したのちに出版された作品としては、『おお、主よ、天の住まいより我らが声を聞き届けよ』(六一年)、『選詩集』(六二年)、『我が友が眠る墓のごとく暗い』(六八年)、『ガブリオラへの十月の渡し船』(七〇年)などがある。










これらの作品がどのようなものであるか、是非とも読んでみたいですね。斎藤さんたちや白水社に期待します。

ここで、『火山の下』の筋を確認しておこう。舞台が一九三九年に設定されている第一章を除けば、基本的に一九三八年十一月二日(死者の日)の出来事が物語を構成している。(たった一日の物語であるところにジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の影響が窺える。)とはいえ、一読しただけでは何が起こっているのか理解しづらいと思うので、以下のあらすじを読んで確認していただきたい。物語を語っているのは全知の語り手だが、章によって視点人物が異なるので、それにさいても明記しておく。
第一章〔視点人物=ラリュエル〕一九三九年十一月二日(死者の日)夕刻。ラリュエルとビヒル医師が一年前のジェフリーの死について語り合う。ラリュエルは翌日メキシコを去ることになっている。ビヒルと別れてからラリュエルはクアウナワク(クエルナバカ)の町をさまよい、ジェフリーとの思い出にふける。雨宿りのため入った映画館で、館主のブスタメンテから、ジェフリーのものであったエリザベス朝戯曲集を渡される。そのなかにはジェフリーがイヴォンヌに宛てて書いたものの投函できずにいた手紙が入っている。読み終わったあと、ラリュエルはその手紙を蠟燭の火にかざして燃やしてしまう。
第二章〔視点人物=イヴォンヌ〕一九三八年十一月二日朝七時。イヴォンヌがクアウナワクに約一年ぶりに戻ってくる。オテル・ベーヤ・ビスタのバーで一人で飲んでいるジェフリーに出くわす。二人は近況を語り合いながら家に帰る。
第三章〔視点人物=ジェフリー〕朝八時半頃。イヴォンヌとジェフリーは家に着く。イヴォンヌが入浴している間にジェフリーは酒を求めてニカラグア通りに出るがそこで倒れる。心のなかでヒューに語りかけているとイギリス人の男に声をかけられ、アイリッシュ・ウイスキーを分けてもらう。彼は家に戻ってイヴォンヌの部屋へ行くが、さらに酒を飲み、イヴォンヌと仲違いしたまま、ポーチの椅子で眠りに落ちる。
第四章〔視点人物=ヒュー〕ジェフリーの家に滞在しているヒューは、ロンドンの『グローブ』紙に電報を送って家に帰ってきたところでイヴォンヌと再会して驚く。二人は近況を話しながら散歩に出かけ、途中の農場で乗馬を楽しむ。通りかかった酒場の壁にもたれてインディオの男が眠っており、数字の7の焼印を押された馬が近くにつながれている。二人は、ジェフリーのこと、彼とイヴォンヌの将来などについて話し合う。
第五章〔視点人物=ジェフリー〕午前十一時~十二時頃。ジェフリーは眠りから覚め、幻聴に悩まされながらまた飲み始める。庭に出て「この庭が好きですか?」という立て札を見る。庭で飲んでいるところを隣人のクインシー氏に見つかる。クインシー氏相手にとりとめのない話をしていると、そこにビヒル医師、ついで散歩から戻ったヒューとイヴォンヌも現われる。ヒューとイヴォンヌはジェフリーの家のプールで泳ぎ始め、ジェフリーはビヒルとアルコール依存症について話す。プールから上がったヒューとイヴォンヌに、ジェフリーはトマリンへ行こうと提案する。気がつくと彼は酩酊して浴室におり、寝室へ移動してベッドに横になる。
第六章〔視点人物=ヒュー〕午後一時頃。ヒューがポーチで横になって若き日の思い出に浸っていると、ジェフリーが髭を剃るのを手伝ってくれと頼みにくる。ジェフリーの身支度が済み、三人はトマリンへ出発するが、歩いている途中でラリュエルに出くわし、招かれるままに彼の家に行く。郵便配達夫がジェフリーに絵葉書を届けるが、その葉書は少なくとも一年前、イヴォンヌがジェフリーのもとを去った直後に投函されたものであった。
第七章〔視点人物=ジェフリー〕午後一時二十分~二時頃。ラリュエルの家でイヴォンヌはジェフリーとよりを戻すため話し合おうとするが、和解できずに終わる。ラリュエルの部屋でジェフリーはイヴォンヌに裏切られたことを思い出し、絵葉書をラリュエルの枕の下に隠す。イヴォンヌとヒューは祭りを見るために先に出発、ジェフリーとラリュエルも遅れて出発する。ラリュエルの家の表には「愛なしでは生きられない」というスペイン語が書かれている。ジェフリーとラリュエルがコルテス宮殿に着くと、イヴォンヌとヒューが仲良さそうにしている。ジェフリーがふと気づくとすでにラリュエルはいなくなっており、彼は金をせびりにきた子供たちから逃れるために「地獄の機械」という名の遊具に乗る。遊具から降りると、彼は一人で居酒屋に入る。
第八章〔視点人物=ヒュー〕午後二時四十分。ジェフリー、イヴォンヌ、ヒューの三人はトマリン行きのバスに乗っている。途中でメロンを食べている男(ペラード)が乗ってくる。ヒューは路上で倒れている男がいるのを発見し、バスを止める。ヒューたち三人と男性の乗客が二人、バスから降りて見に行くが、イヴォンヌはインディオの服装をしたその男が血を流しているのを見てバスに引き返す。彼らは男を助ける手立てがないかと相談を始める。男のそばにいた馬が、イヴォンヌと散歩したときに見たのと同じ馬であることにヒューは気がつき、ジェフリーもそれを見た気がすると言う。バスが出発しようとしたため彼らはバスに戻る。ヒューはペラードがインディオから金を盗ったことに気がつく。バスはトマリンに着き、三人は闘技場を目指す。
第九章〔視点人物=イヴォンヌ〕午後三時半。三人は闘牛を観にトマリン闘技場にいる。けだるい雰囲気のなか、酒を回し飲みしながら、イヴォンヌは女優時代のことなどを回想する。闘技場では一人目の闘牛士が失敗し、ヒューが場内に飛び込んで牛を乗りこなし始める。イヴォンヌはその間にふたたびジェフリーと話し合うが、突然わき起こったヒューへの喝采に気を取られているうちにジェフリーが瓶の酒を飲み干して酩酊してしまい、それ以上話し合いを続けることができなくなる。三人は闘技場を出る。
第十章〔視点人物=ジェフリー〕午後五時半頃。ジェフリーは〈サロン・オフェリア〉でメスカルを飲んでいる。ヒューとイヴォンヌはプールで泳いでいる。〈サロン・オフェリア〉の主人が、ジェフリーをカウンターの裏にある聖母像のところへ連れて行く。ジェフリーは祈りを捧げ、プールから上がった二人とともに食事を取る。料理を注文したときに和気あいあいとした雰囲気が漂ったのもつかの間、ジェフリーはヒューと政治について論争を始め、さらに自分に対する二人の態度を批判し、そのまま〈ファロリート〉で飲もうとパリアンへ向かって一人走り出す。
第十一章〔視点人物=イヴォンヌ〕午後六時~七時頃。イヴォンヌとヒューがサロン・オフェリア〉を出てジェフリーを探している。嵐が近づいている。分かれ道でイヴォンヌは、バリアンへの近道よりも、途中に二軒の居酒屋のある道のほうを選ぶ。ホテル兼レストラン〈エル・ポポ〉のバーで二人はビールやメスカルを飲む。そこを出て雷鳴の轟く森のなかを急いでいると、何発かの銃声が聞こえるが、ヒューはそれを射撃練習だろうと言う。雨が降り始める。イヴォンヌは倒木にかけられた梯子に上り、馬が走ってくるのに気がついてあわてて下りようとするが、足を滑らせて落ち、さらに7の焼印のある馬にはねられ、星に向かって運ばれていくように感じながら死ぬ。
第十二章〔視点人物=ジェフリー〕午後六時~七時頃。ジェフリーは〈ファロリート〉で飲んでいる。店の主人ディオスダードが彼にイヴォンヌの手紙の束を渡す。ジェフリーがカウンターにスペインの地図を書くと、ディオスダードと彼の仲間たちはジェフリーを疑いの目で見始める。ジェフリーはイヴォンヌの手紙を読み返す。娼婦マリアに声をかけられ、彼は彼女と関係を持つ。その後、警官が引いてきた馬が、昼間見た7の焼印のある馬であることに気がつく。その馬を見ていた彼は、町の長官・庭師の長・演壇の長と名乗る男たちに因縁をつけられる。男たちは、イヴォンヌの手紙をはじめジェフリーの持ち物を調べ、ヒューがその日の朝打った電報の写しを見つける。ジェフリーは暴れて抵抗し、店の外に出たところで演壇の長に撃たれる。音楽が聞こえ、ヒューとイヴォンヌと一緒にポポカテペトルに登っているような幻覚を見、爆発する世界のなかを落下しているような感覚を覚えながら死んでいく。彼の死体に続いて、死んだ犬が渓谷に投げ入れられる。

以上がおおまかなあらすじである。次に、本作の舞台となる一九三八年のメキシコ・クエルナバカの地理的・社会的状況、そしてそれを取り巻く政治環境について説明しておく。
小説の舞台となるクエルナバカ(小説中で使われるクアウナワクという地名は、この町の旧名である)は、メキシコ・シティから百キロほど南にあり、現在では車で一時間ほどで行くことができる。首都からアカプルコ方面に抜ける街道沿いにあって地理的にも重要なうえに、標高二二四〇メートルのメキシコ・シティに対して高度一五五〇メートルと七百メートル近くも低いせいもあって気候は温暖で、アステカの皇帝や征服者コルテスにはじまり、フランス干渉の時代の皇帝マクシミリアンや革命後の実力者カイェスなども、この地に別宅を構えた。
クエルナバカを州都とするモレロス州は、温暖な気候から農業に適した土地として知られ、トウモロコシなどのメキシコの伝統的な農作物に加えて、十九世紀後半からはサトウキビの栽培が盛んとなった。このサトウキビ農園の拡大が伝統的な農村を圧迫したことが、メキシコ革命へと至る反乱の原因となった。エミリアーノ・サパタを中心に巻き起こったモレロスの農民反乱は、北部のパンチョ・ビジャの蜂起とともに、メキシコ革命の時代でももっとも激しいものとして有名である。一九一七年に起草された憲法には、革命に参加した彼ら農民の意向を反映する形で、農地改革の推進などの条文が盛り込まれた。サパタ自身は一九一九年に暗殺されるが、一九二〇年代には州の各地で農地改革が実施され、また二〇年代を通じてサパタ派の元ゲリラ兵士が政府の要職に就くなど、反乱は一定の成果をあげた。
一九三〇年代に入ると、当時の最高権力者カイェス元大統領は自分に親しい人物をモレロス州知事に任じ、農地改革の継続とクエルナバカの観光地としての振興を州経済の中心課題に掲げた。本書の冒頭に出てくるホテル、カシノ・デ・ラ・セルバはこのときの目玉として多くの予算がつぎ込まれた場所である。こうした振興策によってクエルナバカが観光地として整備されていたことも、ラウリーがこの地を訪れた要因の一つとして考えられるだろう。
この小説の舞台となる一九三八年になると、股状況が変わってくる。本文中にもたびたび名前が出てくるラサロ・カルデナスが一九三四年大統領に就任し、カイェス一派を追放したのである。カルデナスは農地改革を積極的に進めたほか、本文に出てくる農地(エヒード)信用銀行(日本でいう農協の金融部門のような、農民を資金面から支援する仕組み)を推進するなど、憲法に盛り込まれた農民重視の路線を積極的に推し進めようとした。こうした左派寄りの姿勢は、保守派や地主・資本家層の反発を招き、また農地改革も必ずしも徹底して行われたとは言い難い。とはいえ、この農地改革により農民の間での人気が高まったことはいうまでもない。
農地改革の推進と並んでカルデナスの名を高めたのは、この小説のなかでも扱われている石油の国有化である。メキシコの憲法は、鉱物や石油などの地下資源の国有を宣言していたが、当時のメキシコの石油産業は、革命以前に採掘権を獲得した欧米資本が独占していた。カルデナスは一九三八年の三月に、労使関係のもつれに介入する形で石油産業の国有化を宣言する。このような大胆な政策は諸外国の反発を招き、自国の会社の設備を接収された英米両国はメキシコ産の石油をボイコットするなどの制裁策に出た。結果的には直後に第二次世界大戦が勃発し、両国にとってメキシコを味方につける必要が生じたことと、その後の財政権補償がなされたことで英米両国との関係は正常化に向かっていったが、第四章のヒューの言葉は、一九三八年十一月の時点でのメキシコと英国との冷えきった関係を反映したものである。またこの年、彼は政府与党であった国民革命党をメキシコ革命党に改組し、その後二〇〇〇年まで続くことになる制度的革命党(PRI)の長期政権の基盤を作った。
このカルデス時代、モレロス州においては農地改革の継続のほか、革命前の主産業であったサトウキビ生産を、地主や企業家たちではなく農民主導で行なおうとする試みの一環として、製糖工場が建設された。これに対して観光への投資は切り捨てられ、本文中にもあるようにカシノ・デ・ラ・セルバのカジノは閉鎖された。また、メキシコ革命期最強の農民運動を担ったサパタ派の人々(あるいは革命で戦ったと自称する人々)は、この時期に農地改革以外にもさまざまな形でカルデス政権の恩恵を受けたとみられる。確実なことはいえないが、十二章に出てくる〈ファロリート〉にたむろし「長」を名乗る人々は何らかの形で政府に職を得た元ゲリラあるいは政府軍兵士ではないだろうか。ごろつきなのか警官なのかわからない彼らのような人々は、革命の終結から十年以上が経った当時でも、数多くいたのではないかと思われる。
また、この小説のなかには、メキシコ革命直後の文化活動として有名な壁画運動の影が見え隠れする。本文中に出てくるコルテス宮殿の回廊の壁画は、この運動を担った一人であり、またフリーダ・カーロの夫としても知られるディエゴ・リベラが一九二九年から三〇年にかけて制作した作品で、ヨーロッパ人によるメキシコの征服から一九三〇年代当時までの歴史をモチーフにしている。また二七八ページから二七九ページの領事の言葉は、この壁画が当時のアメリカ大使ドワイト・モローの依頼によって製作された経緯を指している。
最後に現在のクエルナバカの様子にふれておこう。一九五〇年以降、メキシコ全体の工業化の流れに沿って、あるいはそれを主導するような形で、クエルナバカ周辺の都市化は急激に進んでいく。ラウリー生誕百年目に当たる二〇〇九年現在、周辺市町村をあわせると人口は七十万人を数える。これに伴って都市の景観も大いに変化し、小説執筆当時の面影をそのままに残すのは、博物館となっているコルテス宮殿や中央広場、そしてカテドラルなどの歴史的建造物と、街を縦横に巡る急な坂道ぐらいである。しかも、これらのランドマークが当時見る者にどのような印象を与えたのかを考えるには、かなりの想像力が必要である。たとえば、コルテス宮殿の壁画はガラスがかけられ、しかも向かい側に裁判所などが建っているため、領事たちのように下から見上げることはできないし、鉄道は九〇年代半ばに民営化され事実上廃線となって、線路ぎりぎりまで住宅が建ち並んでいる。ラリュエルの「サクアリ」のモデルとなった塔のある建物は、現在Bajo el Volcanという名前のホテルになっているが、周りの建物の高層化が進んだ今、作品中で感じさせるような存在感はない。
これらの建物のなかで近年もっとも議論を呼んだのが、長らく閉鎖されていたのちにアメリカ系大規模スーパーの手に渡ったカシノ・デ・ラ・セルバである。当初の計画では、老朽化した建物は単に撤去される予定だったが、政府から企業側への土地の譲渡過程の不透明さや文化財保存を訴える市民運動の盛り上がりを受けて計画が一部変更され、ショッピングセンターは計画どおり建設されたものの、その脇に壁画が残る建物を修復したうえで、ディエゴ・リベラやフリーダ・カーロの絵画を展示した新館を併設した美術館が建設されることで決着した。このような様子を見ても、『火山の下』に描かれたクエルナバカの光景は、大規模な都市化を経た七十年後の現在の街にも、ところどころに、ではあるが、確かに見て取ることができる。

この作品は、一人の男の破滅を描いた架空の物語として読むこともできようし、ラウリー自身の生き様を反映した自伝的小説と考えることもできる。また、ジェフリーとイヴォンヌの楽園喪失物語と解釈することもできるだろう。とにかく一筋縄では読み解けない複雑な小説であり、ここで通り一遍の解釈を書き記すのは控えることにしたい。また、作品中には、『聖書』、『神曲』、『失楽園』をはじめ、古今東西の書物、文学作品に対する言及があるが、それらについては、訳文の読みやすさに配慮して注釈をそうにゅうすることを控え、できるだけ訳文中に組み込んで説明する形で処理をした。とはいえ、テクスト間相互関連性にまつわる隠し味やからくりをすべて解き明かすことは不可能に近く、本作を専門的に研究してみたい読者諸氏には、その詳細な注釈書たるChris Ackerley and Lawrence J.Clipper,A Companion to Under the Volcano,University of British Columbia Press,1984を参照することをお勧めしたい。



本作の翻訳は、最初から最後まで苦難続きであった。当初、白水社の名編集者・平田紀之氏から本作の新訳を出したいので翻訳者を探してほしいとの依頼を受けたとき、私はよもや自分でその翻訳を手がけることになるとは思ってもいなかった。ひと月後、翻訳者探しがどうなったかとの平田氏の問い合わせの電話に対して適任が思い当たらないと答えたところ、氏は「それは困りましたなあ」と深い声で言った。その声の力に気圧(けお)され、うかつに「もし私でよければ……」と言ってしまったため、この難物との格闘が始まったのである。とはいえ、とても一人で訳せる代物ではないので(ちなみに旧訳は十人がかりで成ったものらしい)、四人のチームを組んで作業を進めた。メキシコ関係とスペイン語を担当してくれた渡辺暁氏の作業だけは順調に進んでいたものの、残りの三人の翻訳のペースが合わず、予定の倍以上の時間がかかってしまった。何より、平田氏の在職中に翻訳を完成させることができなかったことが残念でならない。作業分担を記しておくと、馬渕聖子氏が一~三章の下訳を、山崎暁子氏が七~十章の訳を、渡辺氏がメキシコ関係とスペイン語、および「解説」中の背景説明を、私が一~三章の訳の手直し、四、五、六、十一、十二章の訳を担当した。ひととおり訳が完成したのち、山崎氏と私で訳の相互チェックを行なった。さらに、作業が終盤を迎えたころ、東京大学教養学部四年の廣幡晴菜さんに加わってもらい、全体の訳文チェックと「解説」中のあらすじ説明をお願いした。彼女は、訳文のチェック作業をきっかけとして、本作を卒業論文のテーマに選んだ。まさに魔物に魅入られたといったところだろうか。平田氏のあとを引き継いだ白水社の芝山博氏には、作業の大幅な遅れのために多大なご迷惑をおかけした。この場を借りてお詫びを申し上げたい。また、仕上げの段階で編集を担当してくれた白水社の金子ちひろ氏には本当にお世話になった。彼女は、原文と訳文の細部に至るまで綿密な照合作業をしてくれた。お陰で、それまで不明であった
細部の意味、物語中の逸話の対応関係などが次々に明らかになった。まさに見事にこの訳書を磨き上げてくれたのであり、この場を借りて金子さんに心からの感謝を申し上げる。

平成二十一年十二月三十一日
                                                             斎藤兆史


この新訳の本書も相当難産だったことが窺えますね。それだけラウリーの『火山の下』が素晴らしくも厄介な作品だったということなのでしょうね。



   

~ Comment ~

( ;∀;) 

コウさん、ご無沙汰しております。
おもしろそうな記事がまたまたたくさん!!!
これからぼちぼち遡って読ませていただきます!!!
よろしくお願いします。

こちらこそ! 

まおまおさん、こんばんは^^

>コウさん、ご無沙汰しております。

寒いけど、そちらは大丈夫ですか?

>おもしろそうな記事がまたまたたくさん!!!
これからぼちぼち遡って読ませていただきます!!!

ありがとうございます。

>よろしくお願いします。

こちらこそ!
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